サンジェルマン伯爵

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「サンジェルマン伯爵」の項目を執筆しています。
「How old おいくつ?」
サンジェルマン伯爵 について、長嶋茂雄

サンジェルマン伯爵(Comte de Saint-Germain、生年不詳 - 消息不明)は、ヨーロッパを中心に活躍した怪人画家音楽家科学者国家錬金術師など多彩な肩書きを持つが、その正体は謎に包まれている。「不老不死」だとか「タイムトラベラー」だとか言われているが、詳細は不明。アンサイクロペディアを生み出したのは、伯爵だという説もある。

経歴[編集]

出身地は不明。だが本人曰く、イスラエル王国ソロモン王(在位:紀元前965年 - 紀元前925年)やシバの女王と面識があったとされるので、少なくとも紀元前10世紀には生まれていたものと推測される。スペイン王妃の不義の子だとか、ポルトガルユダヤ人だとか、トランシルバニアのラコッチー王家出身だとか色々言われるが、紀元前10世紀にはどの国家も氏族も存在しないのでデタラメである。

紀元前6世紀には、ネブカドネザル2世統治下の新バビロニア王国に滞在し、バビロンの空中庭園に感銘を覚えていた。紀元前4世紀にアレクサンダー大王がバビロンに入城した際にもそれを見物していた。その後、イエス・キリストにも会い、水をワインに変える「カナの婚礼」の場面を目撃した。

12世紀にはイギリス王リチャード1世と共に、第3回十字軍に参戦。15世紀にはカスティーリャ王フェルナンド5世の大臣をしていた。

1710年、ベネチアに現れ、作曲家のジャン・フィリップ・ラモーや、セルジ伯爵夫人に会った。当時50歳ぐらいの外見だったという。しかし、1735年にオランダハーグに現れた彼は、若返り術でも実行したのか、25歳前後の外見だったという。

1743年から1745年までイギリスに滞在したが、この間スパイ容疑により逮捕された。その後、インドに2年間ほど滞在。

1750年にルイ15世に謁見し、専用の錬金術実験室を用意され、秘密工作研究に従事。また、再びセルジ伯爵夫人に会う。夫人は当初、伯爵を別人だと思っていたが、40年前に交わした会話内容を当てたため本人だと認定。1755年にウィーンに在住、1756年に再びフランスに戻る。この後、ポンパドゥール夫人のお気に入りとなる。実はフリードリヒ2世のスパイだったとも言われる。

しかし1760年、外務大臣の企てにより失脚してフランスを追われ、1762年にはロシアに赴き、「ヴェルダン伯爵」を名乗ってエカテリーナ2世を擁立するクーデターに参加。

1774年、フランスに再び戻る。ルイ16世マリー・アントワネットに謁見を試みるが、無碍に扱われて謁見は叶わなかった。この際、「政治の舵の取り方に注意しないと、やがて恐ろしい破局が訪れます」というフランス革命の予言めいたことを忠告したという。1777年、ドイツのライプチヒに移住し、「ラゴツィ公」を名乗り、オカルトの研究に勤しむ。

この後、1777年や1784年に死亡説が流れたが、この後も記録が残されているので恐らくデタラメであろう。埋葬記録もあるらしいが、多分捏造に違いない。

1785年、フリーメイソンの会合に出席。同年、友人に「ヒマラヤで隠遁する」と言っている。その後、この頃に日本も訪れたらしい。1789年頃には、再びマリー・アントワネット宛に手紙を送り、王の退位を進めるが、彼女はそれを無視した。後に彼女は処刑直前の日記において、サンジェルマン伯爵の忠告に従っておけばよかったと後悔する文章を記している。1793年、彼女が処刑された際には刑場でそれを見物。

1814年、赤い服を着てナポレオン・ボナパルトに会い、助言を行った。1821年、教育家のステファニー・フェリシテと会う。1822年、「これからインドに行く」と語った。その後、ナポレオン3世に興味を持たれ、資料を取集されていたが、1871年に火災により焼失。このため、伯爵に関する情報は大半が不明となっている。

1939年、チベットに滞在し、中世風の服装でアメリカ人飛行士と会う。第二次世界大戦中、ウィンストン・チャーチルに会い、助言を行った。

1972年、フランスで「リシャール・シャンフレー」という名前でテレビ番組に出演。キャンプ用ストーブを用いて錬金術を行い、鉛を金に錬成した。

現在も生きているかどうかは分からないが、フランスでサッカーチームを持っていたり、日本でパン屋を経営している節がある。

エピソード[編集]

  • 非常なイケメンで、洗練された物腰であり、女性に白粉やオーデコロンをプレゼントしたりして、女性にたいへんモテていた。
  • 「ダイヤモンドを溶かして、最も美しい透明度を持つダイヤモンド1ダースに錬成し直してみせる」などと豪語。
  • 自身の若さは特殊な秘薬のためであり、食べ物を必要としない身体だったという。一説にはその秘薬とは賢者の石であると噂され、本人もそれを否定しなかった。ポンパドゥール夫人からその秘薬を求められたが、「陛下やあなたに怪しげな薬をさしあげるなんて、恐ろしくてとてもできません」と言って断った。
    • ただし自分の使用人にはいくらか与えていたらしく、「私がお仕えしてからまだ500年しか経っていません」と語っていた。
  • ヴォルテールから「彼はあらゆることを知っている」と称賛された。
  • ジャコモ・カサノヴァが彼の実験室を訪れた際、銅貨を盤の上に置いて伯爵が何かすると、炎が上がった後に銅貨が金に変成していた。
  • フランス語を初め、英語ドイツ語スペイン語ポルトガル語ロシア語ヘブライ語アラビア語ペルシャ語中国語サンスクリット語を使いこなすことができた。
  • バイオリンピアノの名手であった。
  • 絵画の腕も優れており、別の画家が教えを乞いにきたという。独特な絵の具を使っていたらしく、ラトゥールという画家にその製法を尋ねられても答えようとしなかった。なお、彼の絵画作品は現存していない。
  • 自身が開発した技術で、ベネチアに亜麻糸で絹のような織物を作る工場を持っていた。
  • テレパシー能力を有しており、相手の質問を言われる前に見抜いたり、遠くからの電波を受信して自分が必要とされている遠方へ突然赴いたりした。
  • フリーメイソン、薔薇十字団の会員。
  • ダイヤモンドの傷を取ったり、絹の染色技術、皮をなめして非常に柔らかくする皮革の技術など、18世紀には存在しない技術を習得していた。ただ、ダイヤモンドの傷を取るのには1ヶ月もかかっている。
  • エジプトピラミッド、ヒマラヤ、インドで修行を行って色々なことを学んだ。インドには85年間もとどまったという。
  • 扉を通らずに部屋に姿を現したり、姿を消したりするという瞬間移動技術を身につけていた。
  • 本人曰く「私は永遠に時を旅しているので未来のことが分かるのです」とのことから、タイムトラベラーと思われる。
  • ローゼンメイデンシリーズの人形を作り、「お父様」と呼ばれていたという。
  • ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト坂本龍馬ヨハネ・パウロ1世を殺害したという。
  • 武装戦隊アースガルツの司令官で、「クライン・サンドマン」や「ジーク・エリクマイヤー」と名乗った異星人であったという。この頃には髪が紫色であった。
  • 地球で遊ぶのに飽きたのか、異世界に引っ越して同じく異世界にやってきた織田信長島津豊久とつるんでいる。
  • さらに無双OROCHI聖杯戦争への出演を目論み、目下コーエーTYPE-MOONと交渉中である。


ハルヒ時計 時間がなかったので、この項目「サンジェルマン伯爵」は時間に関連したまだ書きかけの項目です。時間を自在に操る超能力をお持ちの方は、この記事の執筆にぜひご協力ください。執筆してくれるを待っています。 (Portal:スタブ)