サッカー戦争
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
サッカー戦争とは、エルサルバドルとホンジュラスの国民が全てフーリガン化し、戦争状態に突入した事件である。
[編集] 概要
1969年6月27日にメキシコで行われたサッカー・ワールドカップメキシコ大会の予選準決勝プレーオフ「エルサルバドル対ホンジュラス戦」で、3対2で負けたホンジュラスの全国民が怒り狂って、国家総フーリガン化してエルサルバドル人をあらあらして襲った。
この地獄絵図を見たエルサルバドル政府は、殺られるまえに殺れとばかりに空軍を動員し、ホンジュラスを空爆した。さらに、エルサルバドル政府は「サッカーで負けたんだから領土もよこせ」とトチ狂ったジャイアニズムを丸出しにし、陸軍歩兵部隊一万二千人を投入。死者数千人にのぼる、サッカーの歴史上最大のフーリガン事件と化した。
さすがにあせった欧米各国が仲裁に乗り出し、1980年10月30日、両国が平和条約を締結することでなんとか事態は治まったが、この後、両国は10年間のワールドカップ出場禁止処分を受けた。
結局、両国が再びサッカーで対戦したのは12年後のことだった。代表選手になれるような人間がことごとくアッー!されたり戦死したため、出場禁止などされなくともこれだけの時間が必要だったのである。なお、この時の試合では、どっちかが勝つと再び大惨事になるんじゃないかと考えたサッカー連盟が、両国のチームに賄賂を送ったり脅したりなだめすかしたりして八百長試合をやらせ、なんとか0対0の引き分けにした。
裏取引の見返りとして、両国揃って2年後のワールドカップ・スペイン大会への出場を果たした。
[編集] 関連項目
- ある意味エクストリームスポーツ

