サウンド・オブ・ミュージック

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サウンド・オブ・ミュージック(The Sound of Music)は同じ題名のミュージカルサウンド・オブ・ミュージック」を原作とするミュージカル映画1965年公開。20世紀フォックス提供。ミュージカル映画の最高傑作の一つと言われている。但し、言うまでもない事だが、原作を元に脚色をされているので、とんでもなく史実と異なる場面が多い事でも有名である。

キャスト[編集]

ストーリー[編集]

スポイラー
スポイラー

警告:以下の文章にはネタバレ、いわゆるスポイラーが含まれています。これにより記事はより空気力学的に洗練され、その結果としてより高速で疾走できるようになります。

もしあなたが、アルバス・ダンブルドアセブルス・スネイプに殺害されることや、親戚一同が会した遺言状公開の席にいた犬神佐清は実は別人だったことや、アンチスパイラルはスパイラルネメシスから宇宙を救おうとした螺旋族の成れの果てであることや、竜騎将バランの正体は竜の騎士でダイの父親であることや、マーティン・ジグマールは自分のアルターに殺されることや、クラウド・ストライフはソルジャーではなく一般兵であることや、秋月信彦は結局シャドームーンになってしまうことや、「先生」は「私」が父親の病気のため里帰りしている時に自殺して遺書を郵送してくることや、アンサイクロペディアウィキペディアのパロディであることを知らないのであれば、充分注意して、救急箱を手放さないようにしてください。

オーストリアザルツブルク1938年の偉大なるドイツによるオーストリア合邦(アンシュルス)及び第二次世界大戦の前夜。

マリアは修道女見習い。おてんばでまわりの修道女にいい加減にせんか!ゴルァ!と思われている。ある日、院長に、トラップ大佐の7人の子供たちの家庭教師をするように勧められる。と言うより、体の良いやっかい払いを喰らう。

ゲオルグ・フォン・トラップ大佐(ゲオルグ)はそんなの有ったのかと思われるほどの存在感しかなかったオーストリア海軍退役軍人。数年前に妻を亡くし、以後、大量生産した子供たちの学習の世話をする家庭教師が居つかなくて困っている。(検閲により削除オーストリア政府認定)大佐は、子供たちを存在感の薄すぎる海軍に所属していた割には軍隊的に厳しくしつけているが、子供たちはいたって快活。早速カエルをマリアのポケットにしのばせるいたずらをする。ここに、建て前と本音の差が見て取れる。

夕食。席に置かれた松かさの上に知らずに座ったマリア(当然ガキ共が原因である。)は悲鳴をあげるが、子供たちに朗らかに「歓迎の意」のお礼を述べる。大佐に電報が届き、翌日からウィーンに大佐が出かけることになる。長女リーズルは、電報配達のロルフと密かな恋仲なのだ。(←父上!目の前に危機が迫っていますよ!)さっそくロルフに会いに行くリーズル。ふたりは互いの愛を確かめ合い、甘やかなひとときを過ごす(このときふたりによって歌われるのが「もうすぐ17才」まぁ、そう言うお年頃ですな。)。だが、時を忘れて締め出され、部屋に戻れなくなるリーズル。彼女はマリアの部屋の窓からからそっと入ってくる。外は雷鳴が音高く轟き、雷を怖がる弟妹たちも次々にマリアの部屋に集まってきた。雷鳴と電光におびえる子供たちにマリアは、「哀しいときやつらいときは楽しいことを考えましょう」と現実逃避を教える(このとき歌われるのが「私のお気に入り」)。すっかり打ち解けたマリアと子供達だったが、就寝時間を守らなかったことでトラップ大佐にたしなめられる。

よけいな所に目の行くマリアは海軍の制服のような子供たちの衣服をかわいそうに思い(まさによけいなお世話である。)、部屋のカーテンで遊び着を作って山に遠足に出かける。(カーテンの代金はどうするのか?という突っ込みはしてはならない。)子供たちがいたずらや悪さをするのは父であるトラップ大佐の気を引きたいからだと聞かされたマリアは、当然に児童カウンセラーなる便利な者は無い時代でもあるので、歌を歌って気を引いてはどうかと提案するが、母を亡くしてから長く家に音楽がなかったため知っている歌はひとつもないと聞き驚くというより、国歌すら知らなかった不届き者でもある。。そこでマリアは子供たちに歌を基礎の基礎、ドレミの階名から教える(このとき歌うのが、あまりにも有名な「ドレミの歌」である、しかしそれ以上にマリアに下心があったのか否かについて検閲により削除 )。

数日してマリアと子供たちが川遊びをしているところに、大佐が婚約者のエルザ男爵未亡人と友人マックス・デトワイラーを連れて戻る(マリアがどう考えたかについては検閲により削除)奇妙な遊び着を着ていることで大佐はマジギレするが、マリアは子供達に目を向けて欲しい、寂しさに応えてあげて欲しいと必死で訴える。取りつくしまもなく大佐はマリアに解雇を言い渡すが、子供たちの合唱する声に吸い寄せられ、自らも長い間忘れていた歌を歌う(ここで大佐が国歌すら忘れていた不届き者であると言う事が証明された)。自分の教育方針は独りよがりだったと大佐は詫び、マリアは引き続き家庭教師としてトラップ邸に留まるよう依頼される。

マリアと子供たちは婚約者とマックスを歓迎する会を開く。その歌のすばらしさと人形劇のおもしろさに大佐は大喜び。マックスは子供たちを合唱団として売り込むことを提案するが大佐は一笑に付す。そこでマリアは大佐に「次はあなたの番」とギターを差し出す(つまりそう言う意味ですな。)。大佐は照れて拒むが、子供たちに押し切られる形でギターを受け取り、昔を懐かしむかのように情感をこめて「エーデルワイス」を歌い上げる。

大佐邸で婚約披露のパーティーが開かれる。民族舞踊を踊るマリアと大佐。二人が目が合うと、マリアはそれ以上踊り続けられない。顔を赤くして立ち尽くすマリア。(エライ事になりましたが、検閲により削除

マックスはマリアがパーティーの食事に出席するよう提案し、大佐も了承する。着替えのために下がったマリアに未亡人が、大佐がマリアに気があるのではないかと伝える。未亡人は大佐とマリアが互いにそれと気付かず惹かれあっていると感じており、2人の仲が進むのを危惧していたのだ。大佐の気持ちを本気にするなと言う未亡人の言葉に、これ以上大佐邸にいられないと思ったマリアは置き手紙をしてそっと修道院に戻る。(こういうのを軽度のツンデレいう。)

突然のマリアとの別れを寂しがる子供たちは修道院にマリアを訪ねるが、会えずに戻ることになる。一方のマリアは修道院長に励まされ、大佐の邸宅に戻ることに(このとき修道院長がマリアを励ますために歌うのが「すべての山に登れ」←何年かかるんだ!オイ!と言う突っ込みは無し)。父親に叱責された子供たちのところに、マリアの歌声が聞こえる。

その晩、バルコニーで結婚を語り合う大佐と婚約者だが、大佐の目は夜の庭をそぞろ歩くマリアの後姿を追っている。大佐はすでに自分の心がマリアに向いていることに気づき、未亡人に婚約解消を告げる。大佐とマリアは、邸宅の庭で互いの愛を告白する。(修羅場であったかどうかについて、検閲により削除

二人は子供たちや修道院の修道女たちに祝福されて結婚式を挙げ、新婚旅行に出かける。(マリアの下心の勝利であるか否かについて、検閲により削除 二人が新婚旅行をする間に、アンシュルスに伴い偉大なる総統閣下ナチス率いるドイツ軍がザルツブルクにも進駐している。急いで新婚旅行から戻った大佐の家にはナチス旗が掲げられており、新婚旅行を潰されたも同然のために激昂した大佐はその旗を引きずりおろす。しかし、同時に大佐に対してドイツ第三帝国海軍からお誘いの電報が届いていた。愛国者でありドイツによるオーストリア併合に反対する大佐は、ドイツ軍の言うとおりに出頭する気はなく電報を無視するが、ドイツ海軍も有能な軍人である大佐を欲しがり、再三、お誘いの電報を寄こし出頭を要請する。ある日、電報を届けにきたロルフがナチスの突撃隊員になっており、ナチス式敬礼をした上にトラップ大佐に新たにオーストリアを併合したドイツへの忠誠をホントーに熱く語る。リーズルのパートナーとして内心ではロルフを信頼していたトラップ大佐であったが、様変わりした彼に失望するとともに、時代の大きな波を感じとり一家の亡命=トンズラを決意する。同時にロルフの逆玉の輿はうち砕かれた。

家族はマックスの計らいで歌のコンクールに出場する予定があったので、この機に乗じて中立国で、超強力軍事国家兼金の亡者であるスイスへの亡命を計画するが、その晩、トラップ一家が亡命する為に屋敷を出たところでナチスの官吏がドンピシャで待っていた。実は大佐邸の執事(フランツ)が密告していたのである。ナチスの官吏は一家の外出を禁じ屋敷に連れ戻そうとするが、大佐は歌のコンクールを口実に外出を認めさせる。ナチス突撃隊らの厳重な監視の下、コンクールで「ドレミの歌」と、オーストリアの愛国歌(的表現で)「エーデルワイス」、「さようなら、ごきげんよう」を歌う一家。審査の結果、トラップ一家が優勝するが、その表彰式の隙に家族は逃げ出す。間抜けな突撃隊員共である。だから粛清されたとも言えなくもない。 家族は修道院に逃げ込むが、ナチス突撃隊も修道院を捜索する。その中にロルフがいた。一家が墓場に潜んでいることに気付いたロルフは銃を構えるが、長女と大佐に声をかけられ一瞬躊躇する。しかしロルフはそれを上官に通報する。裏口からで家族は逃走するが、追跡しようとするナチスの車はエンジンがかからない。修道女たちが車の部品をはずしていたのである。同時にロルフの玉の輿計画はオジャンとなり、突撃隊員達の運命について、検閲により削除(ドイツ宣伝大臣ヨーゼフ・ゲッベルス博士認可)

全ての国境へ向かう道が閉鎖されているため、家族は山を越えて超軍事国家兼金の亡者の地スイスへ向かう。

追加曲[編集]

リチャード・ロジャースによって、以下の2曲が追加されている。

  • 自信を持って(I Have Confidence in Me)
    はじめて大佐邸をマリアが訪ねて向かうときの歌。もう既に下心があったのか?
  • なにかよいこと(Something Good)
    マリアと大佐が互いに恋を告白したときに自分たちの幸せを「なにかよいことをしたからか」と歌うという極めてご都合主義的な歌。

豆知識[編集]

  • 原作者のマリア・フォン・トラップ本人がワンシーンだけ通行人として映画に出演している。(『自信を持って』の曲中)
  • 実際にザルツブルクでロケーション撮影された映像が魅力の本作だが、最後の山越えのシーンは視覚効果のためか、ザルツブルク-スイス越えルートとは全くかけ離れた場所で撮影された。このため地元民から見ると責任者出てこい!と言いたくなるような、地理的にありえないラストシーンとなった(ザルツブルクから山越えすればズバリドイツに入る。その傍には偉大なる総統閣下の別荘すら存在する)。
  • また悪役にナチス・ドイツを持ってきた事もあって、地元のザルツブルグを含むドイツ語圏ではヒットしなかった。
  • 修道女の一人、シスター・ソフィア役は王様と私などのミュージカル映画の歌の吹き替えで有名なマーニ・ニクソンである。
  • 長女リーズル役のチャーミアン・カーは将来を嘱望されていたが本作の直後に結婚出産したため女優業を引退してしまった、しかしながら今でもこの作品の思い出話などの講演依頼が途切れることはなくがっぽり儲けたと本人は語っている。
  • 当時トラップ大佐役のクリストファー・プラマーは35歳、マリア役のジュリー・アンドリュースは28歳。実話では、トラップ大佐はマリアより''''25歳年上''''であった。ちなみにリーズル役のチャーミアン・カーは、当時UCLAの学生で21歳であったが、サバ読んで16歳の長女役を演じた。
  • トラップ男爵はかつて''''存在感の薄すぎる''''オーストリア海軍の潜水艦隊司令官を勤めていた。第一次世界大戦中多くの戦果をあげ、軍艦と商船をあわせて約45000トンも地獄の底にたたき込んだ功績により軍服が破けるほどたくさんの勲章と准男爵の爵位を得ている。まさに、存在感に無縁なオーストリア海軍の東郷平八郎である。ドイツが男爵を引き込もうとした背景には、こういった戦歴や名声を政治的宣伝に利用する目的もあったと思われる。また「大佐」と呼ばれているが、これは誤訳であり、実際には少佐が最終階級であった
  • 実際のマリア・フォン・トラップも活動的ではあったが、同時に勝ち気な癇癪持ちでもあり、トラップ大佐の方がむしろ、マリアを優しくなだめる一家のまとめ役だった(渡米後にトラップ・ファミリー合唱団が解散したのは、トラップ大佐の死後'マリアだけで子供達をまとめきれなかったのが原因とされる')。伝記がミュージカル化される際、マリアは事実が脚色して描かれる事には寛容だったが、亡き夫が横暴に描かれるシーンにだけは納得しなかった。
  • トラップ大佐の戦友が映画を養老院で見たときに大佐の書かれ方に関して、激怒しまくったというエピソードがある。ちなみに101才で死去した。
  • 当時20世紀フォックス社は、巨費と歳月をかけた超大作「クレオパトラ」の失敗で倒産も囁かれていたが、この映画の空前の大成功により経営を立て直すことができた。収入はアメリカだけでも7900万ドル、これは当時の配給収入記録の最高額である。

史実との相違点[編集]

本作品は、あくまでマリアの自伝を「基にした」、ミュージカルを「基にした」映画であり、遺族達を激怒させるに十分すぎる程、史実とはとんでもなく異なる点が多々ある。(元のミュージカルの時点で相当史実と違いが生じていた)

  • 映画ではマリアは修道女のまま、修道院の紹介でトラップ家に家庭教師にやってくるが、史実では家庭教師になった時すでにマリアは修道院をやめていた。
  • 実際の合唱団にはトラップ大佐の7人の連れ子の他に、マリアが産んだ3人の子供も加わっていた。
  • 実際にトラップ・ファミリーに音楽を教えたのはマリアではなく、トラップ一家に居候していた神父フランツ・ヴァスナーである。
  • 映画ではコンクールの最中に徒歩で逃げ出してナチスの追跡を振り切るが、、史実では列車で平和裏にオーストリアを脱出した。また上述の如く、ザルツブルクからスイスへの山越えルートは地理的にもおかしい。