コロンビア

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「中央アメリカのパナマと陸上で国境を接している南アメリカの国はどこでしょう?……はい早かったの方」

コロンビア!

コロンビアができるまで[編集]

その土地がまだアメリカ大陸ともコロンビアとも呼ばれていなかった頃、先住民たちは毎朝コカの葉をクチャクチャ噛んで気分爽快、トウモロコシジャガイモを植えたりアルパカを育てたりといった日々の仕事に活き活きと励んでいた。

そこへスペイン軍を率いたコロンブスが「あっインド大陸みっけ」と勘違いしてやってきて、歴史は一気に暗転した。コロンブス一行は先住民の文化を散々嘲った挙句、筆舌に尽くしがたい虐殺を始めた。そういう表現をするものだし本当に書くのがためらわれるとはいえ、コロンブスに同行した聖職者のラス・カサスがわりと筆舌に尽くしているので、『インディアスの破壊に関する簡潔な報告』だけでも読んでみていただきたいのだが、感受性の強い方ならしばらくごはんが食べにくくなることだろう。

コロンブスはやがて親切な原住民に「ここインドじゃないよ」と教えてもらい、ショックで寝込んでそのまま死んでしまったが、誰も片付けなかったので死体の上にゴミがいっぱい積もって山になって今でも残っている。おまけに彼は国名にまで名前を残していて迷惑な話であるが、さらに言えば、合衆国の建国者たちは、自分たちの土地にはコロンブスより穏健で学者肌のアメリゴ・ヴェスプッチの名前をつけておいて、コロンビアには虐殺者の名前を遺すことを認めたのである。

コロンブスの死後もスペイン人たちは大陸に居座ったばかりか、自分たちが殺しすぎたせいで労働力が減って困ったのか、アフリカから奴隷を送り込み始めた。その中には知性を見込まれ「君さあ、アメリカ来ない?大丈夫、ちょっと行くだけだから。奴隷仲間には絶対バレないし、お金も今よりもっと稼げるよ」と口説き落とされてアメリカに移り住んだ者もいて、その子孫の一人は立派にコロンビア大学を出てアメリカの大統領にまでなった。

話を戻すと、コロンビアはスペインの植民地になった。原住民や黒人奴隷は白人との間に子供をつくり、子孫は相変わらず酷使された。彼らは侵略者の圧政に耐えかねて度々反乱を起こしたものの、大抵すぐに鎮圧された。独立への本格的な歩みが始まるのは19世紀になってからのことである。隣国ベネズエラで解放戦争が始まったのを知り、コロンビアでも革命を志す若者たちが立ちあがった。彼らの夢枕にアジア系の上品な紳士が立ち、控えめなガッツポーズと共に宣言したのだ、「アタックチャーンス!」と。

アタックチャンスに賭けたコロンビアの若き志士たちは、シモン・ボリバルらベネズエラ解放軍と協力してスペイン軍と戦い、ベネズエラやエクアドルの土地を含む巨大なコロンビア共和国をつくりあげることに成功した。シモン・ボリバルは共和国の初代大統領に就任し、共和国の存続に努めるが、内乱および国の分裂を防ぐことが出来なかった。ボリバルは胸の内に怒りをたぎらせたまま亡くなり、埋葬された地はやがて噴火して山となった。シモン・ボリバル山はコロンビアが小さくなった現在でも、コロンブスの山よりもさらに高くそびえ、人々を見守っている。

文化[編集]

色々な人種が混ざり合っただけあって多様であるから、ここで網羅できるとは思っていない。宗教についていえば、スペイン人入植者のせいか、国民の9割がカトリックの信者である。経済的水準はアメリカに匹敵するほど高く、昼間から失業者が酒を飲んでふらふらしたり死んだように倒れていたりするし、家の前では年金をもらえない老人が干からびて死んでいる。政治家の汚職もしょっちゅうある。日本と同じように長らく文民政権であり、ささいな誘拐事件や麻薬の売買はあまり表面化しないし、ゲリラも目に見えるところにはいない。観光にはもってこいだ。

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トウモロコシやジャガイモを煮ておかゆにしてよく食べるが、それだけだと精がつかないので、たまに牛肉など手に入ればカロリーの高い揚げ物にする。トウモロコシの皮で肉餡を包んで餃子みたいにすることもあるがこれも焼くより揚げる方を好む。やはり肥っている人が多い。

音楽[編集]

シャキーラ(蜂)

民謡はもちろん大事だがいつもコンドルが飛んでいるわけではなく、ポップスも盛んである。例えば女性歌手シャキーラは国を問わず人気であり、新種のハチの名前にまでなった。彼女は自分のスタイルについて「尻はあるが、胸はない」と語っている。音楽のスタイルについて語ってほしいものだ。

文学[編集]

ガルシア=マルケス

ノーベル賞をとったガブリエル・ガルシア=マルケスばかりやたらと有名だが、もっと古くから面白いものはたくさんあるはずなので、翻訳を、翻訳をしてくれ。

ガルシア=マルケスは有名になり過ぎて自分の作品の話題だけでなく前述のシャキーラのことまでマスコミに尋ねられ、そのうち「知らんがな」と言う気もなくなったのかわりと何でも答えていたが、最近疲れてついに脳内村マコンドに永久に引きこもってしまった。本当に申し訳ないと思う。

スポーツ[編集]

サッカーがとくに有名である。オウンゴールなどしようものなら帰国直後に撃ち殺されるので、コロンビア代表は日本とは比べ物にならないほど真剣にプレーしているのだが、そんな中でも時おり素晴らしいエンターテイナーが現れる。

  • カルロス・バルデラマ…伸ばし放題の金髪がトレードマークで、日本では気の毒にも「ライオン丸」と呼ばれていた。金髪について「海岸でよく練習していたら自然と髪の色素が抜けちゃった」とヤンキーになりたてのガキが親にするみたいな説明をしていた。
秘技☆スコーピオン!!!
  • レネ・イギータ…サッカーの歴史に燦然と輝くゴールキーパー。長髪と髭ゆえに目立ったがそれだけではなく、普通に立っていれば手で取れる位置に飛んできたボールを自ら「スコーピオン」と名付けた背面キックでわざわざ返したり、ゴールキーパーなのに攻撃に参加しようと相手の陣地まで飛び出してきたあげくボールを奪われて見事失点したりと、お茶の間を大いに沸かせた。

産業[編集]

コーヒーエメラルドバラの産地として有名だそうだ。コーヒーは、肥えた土を手ですくって丁寧にこねて豆を一粒一粒作っている。できたコーヒーはマコンド在住のママ・グランデが噛んでみておいしいと判断したものだけが出荷される。エメラルドは、最近死んだ白人の墓を掘り返して目玉をくりぬいてこれも丁寧に彫って作っている。現地の人は絶対に身につけない。バラであるが、人の少ない通りや路地に車を停めて待っているとちょっとだらしないかもしくは派手な感じの女の人が近づいてくるので、そこである程度の額のお金を渡せば、裾をまくってバラを見せてくれるだろう。もう書くのやめていい?

Wikipedia
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