コッペパン

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コッペパン日本で流通しているパンの一種であり、学校給食を初め日本人ならば馴染みが深い庶民的なパンである。

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コッペパンの出現[編集]

1945年第二次世界大戦の終戦後、GHQによって占領政策で日本に学校給食が普及した。従来の日本では給食という概念は義務教育では存在しておらず、戦時中~戦前の政策を尽く破壊し民主主義を植えつけようとしたダグラス・マッカーサーは日本の学校教育の改変にも着手した。この時に突如彗星の如く日本国民たちの前に出現したパンがコッペパンである。コッペパンの出現背景には戦時中に増産を重ねてアメリカ合衆国内で小麦がダブついた為に占領政策の一環として米食主体の日本人をパン食(小麦食文化)へ移行させて輸出利益を得ようとする思惑もあった。これらの政策は後にまったく根付かず水泡となったが、当時はGHQ指導の元で科学者、文化人などは米を食べるよりパンを食べた方が知能指数が高くなるという無茶な理屈で普及させようとした。此れを皮肉ったのか幕末が舞台の漫画『新撰組異聞―暴流愚』(作・葦田豊雄)では鬼坊主慈愛が欧米人ボクサーと格闘する時に「麦類は腹持ちが悪い…強くなりたかったら米を喰え!!」というシーンがある。

もっともコッペパンを出される当時の少年少女は勿論、終戦直後の日本人全員は餓死と隣り合わせの飢餓状態であった為よほどの不味いものでない限りはなんでも食った。別にコッペパンが好きだったのではなくて空腹が嫌であっただけである。このようにかなりの多少の屈折したものがあったがコッペパンは庶民的なパンとして戦後日本人に普及する。

名前の由来など[編集]

本来コッペパンは戦前からある「クーペパン」という名前であった。起源はフランスパンにあるという。確かに長細くて縦ないし横に切れ込みを入れて具材を挟むバタージャムを塗り込む方式は、フランスパンに類似している。もっともこれらの説に確証的な根拠は希薄であるらしく全く由来は分からないというべきである。古代から文化輸入大国である日本が戦後のドサクサの腹へった状態であったのだから覚えていろという方が無理な話である。が、日本語に限らず「名称」というものは普遍的ではなく、誤訳やその国民言語に即した発音のし易さなどで変化していくものであるから、コッペパンが訛った和製英語や和製仏語であるということにイチイチ目くじらを立てる必要性もないであろう。

しかし和製言語であり国民的なパンである『アンパン』は明治時代初期に木村安兵衛氏が考案した日本人向けの記念すべき「文明開化の誇り高きパン」であるからテストに出なくても忘れるな。

関連項目[編集]

コッペパンの味がするパンチをお見舞いしてくれる電気ネズミもいる。