グローバル人材

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時代の空気と共に 朝日新聞

グローバル人材(-じんざい)とは、21世紀のグローバル企業が求める学生像である。大学に入学した新入生、そして受験生諸君、社会人への第一歩としてグローバル人材の何たるかを自覚し、世界市民主義という似て非なる概念と闘っていただきたい。

総論[編集]

グローバル人材とは、世界を相手にした全てを奪い尽くすほど苛烈なグローバル競争を勝ちぬける気概を持つ勇気ある日本人のことを意味する。模範的グローバル人材は、グローバリズムの基本テーゼである資本主義と市場主義、自由競争を不磨の行動原理として世界に目を開き、他の原理を信じることは決してしない。多くの大学が今、「グローバル人材の育成」を大学の社会的意義と位置付けている。

グローバル人材的思考様式[編集]

グローバル人材には、グローバル人材に相応しい思考・行動様式が存在する。もう実践しているかもしれないが、ここで模範的行動を示しておこう。

労働[編集]

まず、今日の入学式が終わったら、すぐにアルバイト先を探してほしい。実社会の厳しい経済環境に触れるというのも一理由だが、最大の要素は、大学に行けず正社員にもなれなかったフリーターどもから職を奪ってくるところにある。

これはサークル活動よりも大学の講義よりもずっと大事なことだ。グローバル人材となる君たちは、今から企業の歯車として正社員になる前から積極的に低賃金で労働すべきである。君たちがバイトしなければ、他に寄る辺を持たない奴らが労働運動を起こしてバイト代金を引き上げようと熱烈に争議し、賃金と物価を一気に引き上げることだろう。そうなれば大卒正社員の主導するグローバル労働秩序にひびが入ってしまう。

君らは在学期間中ずっと低賃金労働させられることになるだろう。しかし、君らには奴らと違って我が大学の学生という特権的地位が存在する。名門大学生という印籠があれば、非大卒への罵倒で悪名を馳せる不良経営者もそれほど強くはでてこない。名門高校生なら、そうした二重基準をバイト現場で既にたっぷり体験してきたことだろう。いざとなったら大学が守ってやるから、安心してバイトしてほしい。賃金が多少安くなるが、それは大学の保護料だと思ってほしい。

学問[編集]

大学の講義についてはあまり気にしなくて良い。グローバル人材は大学の象牙の塔的機能を信じない。真理を追究するのが学問の使命と世界市民派の学者たちは主張するが、市場原理主義だけがたった1つの真実と悟っているグローバル人材は全ての答えを既に知悉しているので、学問を熱心に行う必要性がない。

グローバル人材にとっては、経済的価値を持つ分野のみが学問である。1年いや半年以内に経済価値がつくかどうかが学問対象となるかどうかの境目である。たとえ自然科学分野でも、経済価値を持たない学問はすべて無価値とみてもらって構わない。売り物にならないモノを排斥するのは、商人たるグローバル人材にとってのイロハのイである。この原理を疑う者は、最も悪質な思想犯である。

人付き合い[編集]

グローバル人材は、グローバル人材的に正しい価値観のみを信奉し、それに反する価値観を排斥していかねばならない。グローバル人材はその光でもって、光を疑う闇の輩を排斥せねばならない。

ただ、グローバル人材はより頭脳的にならねばならない。光の勇者たるグローバル人材が闇のように暗い人間を直截罵倒すれば、世界市民派の人間が「いじめ」と定義して攻撃してくることだろう。だが、これを商業的文脈に置き換え、闇の人間に対して「お前は売れないモノだなあ」と言えば、そのまま不良品の如く排斥したとしてもどこからも文句は飛んでこない。グローバル人材たる君は、このようにして周囲の世界観を自分たちの色に染め上げてほしい。闇の人間は滅多なことでは、自分の世界を説明できないし、分かりやすい言葉で説明した時も「よく理解できんな」と言って知らん振りしておきなさい。

英語[編集]

グローバル人材は英語の習得に励まねばならない。それは世界の覇権国家であるアメリカ様の御威光にどこまでも寄り添っていくためである。グローバル人材は日本人のお家芸たる空気解読技能を活かし、アメリカ様の形成する世界秩序にどこまでも追随していく。グローバル人材はアメリカ様の天下をどこまでも肯定し、傲嬌的反米感情を克服しなければならない。

遊び[編集]

趣味はグローバル社会で受け入れられるものだけを行いなさい。グローバル人材はテニスバスケット野球といったグローバル人材の競技に熱中し、チアリーダーたちの歓声を浴びるがいいだろう。本学では、将棋や囲碁といったグローバルでなくモテもしない競技にチアリーダーなど派遣いたしません。

就職活動の糧となるような活動だけを行うのが本来なら理想的なのだが、グローバル人材にも余暇は必要である。余暇にはどんなことでも楽しむがよい。お前達は優秀なるグローバル人材だ。少しぐらい羽目を外したとしても、グローバル人材なら大目にみてもらえる。

ここで肝要なのは、視点をこちら側から定義することである。君たちだって、それなりの子供っぽい趣味があることだろう。だが、君らは偉大なるグローバル人材だからそんな趣味に余暇時間の全てを費やしたとしても、問題とはなりえない。

だが、非大卒の奴らは別だ。1月に1回でも子供っぽい片鱗をみせれば、グローバル人材たる君はそれがその者の全てであるかのように表象してやりなさい。日本生まれとされるそうした下流文化など、所詮その程度で良いのだ。生かさぬように、殺さぬように。これが奴らの下流文化に対してグローバル人材がとるべき態度だ。奴らとの進歩や連帯なんて言葉は、グローバル人材には無用でいいのだ。

世界市民との違い[編集]

実は3年前まで、本学は「世界市民」という標語を掲げてきた。しかし、それは既に死語となった。よく混同されるグローバル人材と世界市民はどう違うのかについて解説する。

グローバル人材は何よりも日本人であることを重視する。それが無国籍主義的な世界市民との最大の違いだ。そして、国際舞台でも日本人であることを最大の武器として交渉する。世界市民が抱いていた東アジア諸国との間に抱いていた超国家の幻想など、特定アジアの暴力を知るグローバル人材は決して信じない。グローバル人材は日本人企業に勤めることを最大の誉れとし、サムライの如く一社に奉公することをもって誇りとする。グローバル人材は企業活動をもって全ての公民活動とし、企業以外の社会的価値を認めない。

グローバル人材は国際社会において正統とされる思想のみを信奉し、それから外れたものはどこまでも排斥する。グローバル人材は日本式に反する異端思想を排斥しつつ、周囲から開放的性格と思われるよう細心の注意を払わねばならない。それが本当の意味での「内向き志向の克服」である。

関連項目[編集]