ギュンター・アルデルト

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ギュンター・アルデルト(Gunther Ardelt、1892年6月29日-1945年2月14日)とはナチスドイツの天才科学者でアルデルト社の社長であり、国防軍中尉にして真の愛国者。 第二次世界大戦末期に自ら開発したヴァッフェントレーガーに乗ってソビエト軍と戦い壮絶な玉砕を遂げた。 知っているとドイツ軍マニアの間で自慢できちゃう、ちょっとトリビアな博士である。

経歴[編集]

  • 1892年6月29日 ブランデンブルク州バルニム郡エーベルスヴァルデで機械部品の工場を経営していた家に生まれる。
  • 1911年 陸軍士官学校に入学。
  • 1915年 第一次世界大戦が勃発すると歩兵部隊の指揮官として参戦する。
  • 1919年 最終階級中尉で軍を除隊。
  • 1922年 ベルリン・フンボルト大学工学部入学。
  • 1926年 大学を卒業後に実家の工場を継いでアルデルト社の社長となり、ラインメタル社の下請けとして機械部品の設計業務を始める。
  • 1944年末 ヴァッフェントレーガーを開発。
  • 1945年2月14日 ソビエト軍との戦闘で戦死。

業績[編集]

最初は地道に「カール自走砲の1・3・6号車に使用された機械式変速機の設計」「38(t)戦車の足回りの改良再設計」「圧縮空気式で故障が多かった38(t)戦車のブレーキの改良型を設計」など下請け仕事をしていたが、オリジナル戦車の設計に手を付け始める。

1944年には政府へ自分の考えた兵器を売り込むがなかなか採用されない。

末期になって対戦車自走砲ヴァッフェントレーガーをわずか三週間で作り上げて採用される。優先順位7位という高い評価を受け100台の量産を受注するも、すでに戦局は末期となりわずか7台しか完成しなかった。故郷のブランデンブルク州にソビエト軍が迫っていると聞くと、社長が指揮官となって社員全員を率いて自ら開発したヴァッフェントレーガーに乗ってソビエト軍と戦う。

アルデルト博士の乗ったヴァッフェントレーガーは8.8 cm PaK 43でソビエト軍機甲部隊のT-34戦車12機を交戦開始後わずか3分で撃破した、

指揮官「ぜ、全滅?12機のT-34が全滅?3分もたたずにか?…」
ソ連兵「は、はい」
指揮官「き、傷ついた一部隊にT-34が12機も?ば、化け物か」

しかし、弾薬も燃料も補給が無く、社員の給料も未払いの中で孤立した戦いを続け、社員たちは1人、また1人と戦死していき、最期は鋼鉄の魔女と呼ばれていたミーシェンチカ・サベッツカヤ中佐率いるソビエト軍機甲大隊と戦いスターリン重戦車に体当たり攻撃を敢行すると、

「やらせはせん、やらせんはせんぞー」

と叫びながら社長自らパンツァファウストの零距離射撃で敵戦車もろとも吹き飛び玉砕した。

あまりの勇敢な戦いっぷりに驚愕したソビエト軍の指揮官はこの中尉はナニモノかと生き残った捕虜を尋問した。アルデルト博士の戦いっぷりに関心したサベッツカ中佐はアルデルト博士の墓を立てた、その墓標には「天才科学者であり勇者にして真の愛国者ギュンター・アルデルト博士ここに眠る」と掘られていたという。この墓は戦後になってサベッツカヤ中佐によって立派な墓石に作り直されて、現在でもベルリン郊外で祖国を見守っている。

アルデルト博士の信条は「単純にして必要十分な性能を持った機械こそが一番優れている」であった、ヴァッフェントレーガーは兵器としては優秀だったが、やたらめったらと複雑怪奇な兵器を好むドイツ人にはアルデルト博士の思想は受け入れられなかった。皮肉にも味方からは相手にされず、敵から高い評価を受けてしまった。

どこのライトノベルの主人公ですか?と言われそうな壮絶な戦いっぷりは語り草になり。 アルデルト博士はソビエトで1964年に公開された戦争映画「鋼鉄の魔女」でベルリンを守るラスボスとして登場し壮絶な玉砕を遂げる姿が描かれたため、ソビエトでは知名度が高いが、同作品が未だに西側で販売されていないこともあってか日本や欧米では完全に無名である。それどころか、アルデルト社自体もこれ一回しか採用されなかった上に、社長以下、社員全員が玉砕してしまったために事実上消滅しており、現存する資料のほとんどがソビエト軍側によるものという悲惨な状況が輪をかけてマイナーな存在にしている。

ヴァッフェントレーガーは一台が鹵獲されミリタリーマニアの聖地クビンカ軍事博物館にキングタイガーなどと同列に展示されているため、ソビエトでの知名度は高い。そのため、ソビエトではロシア語で「Гюнтере Ардельте」 と表記され、ロシア語圏では一般的には「доктор Ардельт」(アルデルト博士)と呼ばれている。英語圏やドイツ語圏では無名なので「Gunther Ardelt」でググッても全く出てこない。

なお、ヴァッフェントレーガーのプラモデルもロシアの模型メーカー・アランホビーとウクライナのACE社からしか発売されていない。おそらく、田宮模型の人たちは存在すら知らないであろうと思われる。

出典[編集]

  • 経歴については東ドイツの歴史研究家であるВ.Шпильбергера氏の研究レポートより引用
  • 戦闘記録についてはサベッツカヤ中佐の自伝映画「鋼鉄の魔女」より引用


Wikipedia
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