ガイアナ

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ガイアナ(Guyana)とは、南アメリカ北部の国である。東にスリナム、西にベネズエラ、そして南にブラジルがある。

南アメリカの国で唯一英語が公用語になっている。

歴史[編集]

大航海時代に先住民がを惜しげなく使った儀式をしていると噂が立ち、「そんなに金があったら少しくらいお裾分けしてもらえるだろう」とイギリス人がやってきたが、当の住民たちは畑を耕し、漁をして暮らすという生活を送っていて、「金って知ってるだろ?地面から出てくるピカピカの、、、ほら、そこの村長の頭みたいなやつ。」と聞いても、「地面から出てくるって、キャッサバのことかい?」とキャッサバを出してくる有り様だったので出ていった。

少ししてから、同じことを考えていたオランダ人もやってきた。先住民に頼らずにそこらへんを掘って金を探したが、やはり植えてあるキャッサバが収穫できただけでやっぱり肝心の金は全く出てこなかった。それで拗ねたオランダは隣国のスリナム砂糖を摂取しまくって砂糖中毒になった。砂糖を摂りすぎておかしくなったオランダ人はノリでガイアナをイギリスに渡してしまった。

イギリス人もアフタヌーンティーの普及による砂糖の需要拡大により、サトウキビ畑ばかり作り始めた。勿論働くのはアフリカから連れてきた奴隷に任せ、自分たちは家のテラスで本土の奴らが飲むのよりも甘い紅茶をすすっていた。暫くすると「人を家畜のように働かせるのはダメだろJK」と偽善者人権活動家が喚くようになったので、折からの産業革命による機械化で職をなくした手工業者をヨーロッパから受け入れることにした。しかし、アフリカ人と比べて体力が低かった彼らは、少しの作業で疲労してしまった。だが、農園主は「お前らが馬鹿にしているアフリカ人でもこれくらいは普通にやってのけた!体力がないというのはただの甘えだ!」と労働者を酷使し、労働者はしまいには危険を冒して祖国へ逃げ帰るか社畜として過労死するかの選択を迫られ、現在のどっかの島国並みのブラック農園が国中に出来上がった。後に賃金がより安いインド人がやって来てヨーロッパ人は晴れて自由の身になるが、あまりにも嬉しかったのか、国の祝祭日に「インド人到達の日」なんていう祝祭日まで制定してしまう。因みにその後のインド人の扱いについてはお察し下さい。19世紀半ばに金がようやく見つかったが、砂糖でイギリス本土民からがっぽり儲けていた国民は誰一人気にしなかった

暴徒と警官の小競り合いはこの時以来選挙日の風物詩である。
1961年、総選挙で政権を獲得したチェディ・ジェーガンは社会主義政策を推し進め、砂糖産業の統制を行おうとした。自分達の収入源を国に取り上げられるようになる、と国内は大混乱。首都の焼き討ちから始まった暴動は政府で鎮圧できず、少しの間リアル北斗の拳状態になった。

1978年、熱帯雨林を切り開いた奥地の村で社会主義の実践生活を送っていたアメリカ人移民約900人が急遽エクストリーム・自殺に参加表明したが、数日後現地入りした審査員に「なぜか村があった場所には 大きなやけに肉の腐った臭いのする山が築かれていただけで、死体が一体もなく、どちらかというと失踪ですな。」と嘲られて予選落ちした。尚、数日前にその村の様子を視察しに来たアメリカの下院議員たちの行方も分からなくなっていたが、取り敢えず住民と共に仲良く熱帯雨林へ出掛けたということにした。

産業[編集]

農業では砂糖、鉱業ではの生産が多い。

米はインド移民によってもたらされ、稲作も行われているが、より金になる、とサトウキビ農家によって水田を勝手にサトウキビ畑にされる事案が多発している。

地理[編集]

熱帯雨林が国土の半分くらいを占める。よくマフィアとかカルトとかが隠れ場所として住んでいたりする。その熱帯雨林の間に川や滝がたくさんある。

密林、滝に恵まれている地理を活かし、近年ではエクストリーム・自殺が盛んに行われている。

交通[編集]

森林地帯には道路が通っていないので森林地帯では多数ある川を利用した船が主な交通手段。所々滝があるが、構わず垂直に登っていく。

隣国スリナムとともに道路は左側通行である。よく右側通行のブラジルに逆走車両を送り込んで事故数を意図的に増やしている。ブラジルからしたらいい迷惑である。

国際関係[編集]

スリナムフランス領ギアナとともに「南米知名度皆無トリオ」を形成している。実際に周りの友人に「ガイアナって何処だか知ってる?」と訊いてみよう。(友人がいない?ママンにでも訊いてろ!) 十中八九が「何それ?美味しいの?」と質問を質問で返してくるか、良くても「あー、南米の上らへんにあるあれ?」と返ってくるだろう。それほど知名度が低いので日本も大使館を設置していない。逆にさらに知名度の低いトリニダード・トバゴにある大使館が在ガイアナ日本大使館を兼任している。なぜ知名度のより低いトリニダード・トバゴの大使館に兼任させているのかは誰も気にしない

百年くらい前からベネズエラから国土の70%を要求されているが「いや、あそこ森と川しかないから、ね?要らないだろ!ねぇ?!」となんとか説得し続けている。

切手[編集]

19世紀にイギリスを真似て郵便制度が整えられたが、そもそも手紙を送る相手がいない人が多かったのか、制度が整えられてから1966年に独立するまでの利用者数はたった8名だった。使われた切手も8枚だけ。実際、半分は手紙が来たから仕方なく返事を書いたようなものであったから、自発的に手紙を書いたのは四人のみと思っても間違いないだろう。これらは後に世界で8枚だけという希少価値が切手コレクターの興味を惹きつけ、2014年、オークションで1セント切手が1枚9億7000万円で落札された。切手はいくらか印刷していたらしいが利用状況が絶望的だったので郵便局の職員が持って帰って薪と共に、夕食の薄いスープのために燃やされ、台所の灰と消えたらしい。未来の物の価値なんて予想できるものではないが、取り敢えず取っておけば将来このように価値が高騰することもある。まぁ、みんな、物は大切にしようね。

関連項目[編集]

Wikipedia
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