エクストリーム・逆ギレ

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エクストリーム・逆ギレ(えくすとりーむ・ぎゃくぎれ)とは、逆ギレを競うエクストリームスポーツの一種である。似た競技にエクストリーム・謝罪がある。どんな無茶な理屈であっても、過ちを他人に転嫁する論理展開、質問者からの追求を交わす反射神経、自分の過去の主張を取り下げ優位な立場に立つために必要となるキレ具合、開き直る度胸を試す採点競技である。また、ありとあらゆる罵声、質問攻めに対して謝罪の意を示し続けたものにも、それはそれで評価が与えられる。


概要[編集]

参加資格[編集]

不問。

採点[編集]

技術点
質問者からの追求に対して如何にキレるか。最大にして最高難度が要求される。
表現点
自分の立場を如何に正当化しているかが基準である。もちろん本当に正しいかどうかというより、悪い立場から鮮やかに逆転することが高得点に資する。

競技場[編集]

逆ギレというのは、ブラック企業の会議室、ラブホテルの前、などありとあらゆる場所が、競技場となりうる。しかし、競技の採点対象になるのは、謝罪会見、国会の証人喚問などマスコミの注目を浴びる場になる。

主な技[編集]

手のひら返し
如何にして、躊躇なく、よどみなく、後腐れなく、前の立場を思いっきり捨て去り、自分の都合の良い立場になるかというところがポイントである。この切り替えの早さこそが技術点の評価ポイントとなる。なお手のひらを太陽にかざして透かしてみると、赤い血潮がみれるらしいが、太陽を直視すると目を炒めるので注意が必要だ。
ちゃぶ台返し
昭和の香りが漂う技。しかし21世紀にはちゃぶ台そのものが意味不明となりつつあり、この技を未来永劫語り継ぐために文化庁は、ユネスコの世界無形文化遺産への登録申請に動いている。
開き直り
事実を認めた上で、「それが何か?」という態度を取る。密会、浮気の発覚、美人局などに効果あり。相手をものすごく怒らせることが期待できる。
自殺
反則技として失格になる。これを使うと自動的にエクストリーム・自殺へエントリー。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

歴代受賞者[編集]

年によって記録が紛失していたりするが、誰も気にしない

受賞者 所属国 パフォーマンス内容
903年 最優秀賞 菅原道真 日本 大宰府で逆ギレ死。その後、都で起こることは道真の祟り逆ギレとして処理される。
1582年 最優秀賞 明智光秀 日本 本能寺で逆ギレ。
1683年 最優秀賞 浅野長矩 日本 江戸城で逆ギレ。
1890年 最優秀賞 トーマス・エジソンニコラ・テスラ アメリカ テスラはエジソンの元で働いていた。エジソンはテスラに工場の機械を交流で動かすことが出来たら、褒賞5万ドルを払うと約束。テスラは実現したが、エジソンに「あれは冗談」と言われて激怒。ライバル企業のウェスティングハウスに移籍し交流送電事業を進める。これに逆ギレしたエジソンは、「電気椅子による死刑」のことを「ウェスティングハウス処刑」と呼ばれるようにする運動を展開。そしてこの年、エジソン念願の交流による電気椅子処刑が行われるが、失敗に終わる。
1937年 最優秀賞 寺内寿一 日本 衆議院議会で濱田国松議員に軍部批判の質問を受けた、寺内が発言を取り消せと要求。濱田議員に「速記録を調べて私が軍を侮辱する言葉があるなら割腹して君に謝罪する。なかったら君が割腹せよ」と言われ、しどろもどろに。議会を解散しろと逆ギレ。廣田内閣は総辞職した。
優秀賞
1946年 最優秀賞 ウィンストン・チャーチル イギリス 1946年のある夜、下院の質疑応答にたったウィンストン・チャーチルは酔っ払っていた。そのことを保守派の女性議員から厳しく指摘されると、「さよう、私は酔っ払っている。しかし、私の二日酔いは明日には直おるが、君のブスは一生直らない」とエレガントな逆ギレを披露。
優秀賞
1949年 最優秀賞
優秀賞
1950年 最優秀賞 池田勇人 日本 リッチディナーについて野党の追求を受けた時、「(チッ)貧乏人は麦を食え」と逆ギレ。
優秀賞
1951年 最優秀賞
優秀賞
1952年 最優秀賞
優秀賞
1953年 最優秀賞 吉田茂 日本 1953年2月28日の衆議院予算委員会での質疑で、席に戻る途中に小声で「ばかやろう」と発言。それがマイクに拾われて、衆議院を解散する羽目になった。しかし、質疑中に堂々と発言しなかったことから、最優秀賞にふさわしくないという意見も当然ある[要出典]
優秀賞
1954年 最優秀賞
優秀賞
1955年 最優秀賞
優秀賞
1956年 最優秀賞
優秀賞
1957年 最優秀賞
優秀賞
1958年 最優秀賞
優秀賞
1959年 最優秀賞 タロージロー 南極 前年、南極へ越冬犬として派遣された。この年、迎えにいった隊長に逆ギレして吠えた。
優秀賞
1960年 最優秀賞
優秀賞
1961年 最優秀賞
優秀賞
1962年 最優秀賞
優秀賞
1963年 最優秀賞
優秀賞
1964年 最優秀賞
優秀賞
1965年 最優秀賞
優秀賞
1966年 最優秀賞
優秀賞
1967年 最優秀賞
優秀賞
1968年 最優秀賞 星一徹 日本 アニメ「巨人の星」で第32話「悪魔のギブス」のなかで、星飛雄馬の反発に対して、あまりにも有名な秘技「ちゃぶ台返し」で逆ギレ。もはや伝説である。
優秀賞
1969年 最優秀賞
優秀賞
1970年 最優秀賞
優秀賞 西川のりお[誰?] 大阪 「キレる」という言葉を最初に使ったとされる西川のりお[誰?]が「横中バック・ケース」でデビュー。ただそれだけ。
1971年 最優秀賞
優秀賞
1972年 最優秀賞
優秀賞
1973年 最優秀賞
優秀賞
1974年 最優秀賞
優秀賞
1975年 最優秀賞 子門真人 日本 「およげたいやきくん」のレコードを吹き込んだらギャラが5万円しかもらえなかった。その逆ギレ怨念を送ったら100万枚の大ヒット。B面のなぎら健壱のギャラは3万円。
優秀賞
1976年 最優秀賞
あと一歩だったで賞 小佐野賢治 日本 ロッキード事件で衆議院の証人喚問に呼ばれた小佐野は、議員からのあらゆる質問に対して記憶にございませんと答えた。質問者たちのいらだちにも耐え、逆ギレ一歩手前の状態で耐え忍んだ。まさにエクストリーム(川平慈英風)。逆ギレまでほんとうにあと一歩だったのか、本当に記憶が飛んだのか。未だにロッキード事件の核心をつく謎である。
1977年 最優秀賞
優秀賞
1978年 最優秀賞
優秀賞
1979年 最優秀賞 浜田幸一 日本 自民党史上最大の危機と言われた四十日抗争で、党内の反主流派が築いたバリケードを強行突破。事前にマスコミに電話をかけた上で、「いいか、断っとくけどなー。お前らのためにだけ自民党があるんじゃないぞ!俺のために自民党があるっちゅうことを忘れるな!」と計算ギレ。
優秀賞
1980年 最優秀賞 浜田幸一(2年連続2度目) ラスベガス ラスベガスのカジノで4億6000万円程度を一晩ですってしまった。
優秀賞
1981年 最優秀賞
優秀賞
1982年 最優秀賞 日本航空350便の機長 日本 日本航空350便の機長は羽田空港着陸直前、「イネ、イネ、……」という天の言葉を聞き取った。機長はとっさに「死ね、死ね、……」との命令と理解し、手動操作に切り替え、操縦桿を押し込み、エンジンを逆噴射逆ギレさせた。副操縦士が「機長、やめてください!」とツッコミをかます。が、滑走路の手前に墜落した。とてもインパクトがあるが、責任転嫁賞のホテルニュージャパンにはエクストリーム・謝罪で負けている。
責任転嫁賞 横井英樹 日本 横井英樹がオーナーを務めていたホテルニュージャパンで火災発生。火災発生現場で報道陣に対して拡声器で「本日は早朝よりお集まりいただきありがとうございます」など威圧。そして「悪いのは火元となった宿泊客」と責任を転嫁した。ちなみにこの年のエクストリーム・謝罪でも優勝している。
1983年 最優秀賞
優秀賞
1984年 最優秀賞 浜田幸一(4年ぶり3度目) 自由民主党本部が中核派に放火され炎上。浜田はいち早く駆けつけ消火作業にあたった。そこに法務大臣がやってきて「マッチポンプな真似しやがって」図星をつかれて、逆ギレ。法務大臣を殴った。
優秀賞
1985年 最優秀賞
優秀賞
1986年 最優秀賞
優秀賞
1987年 最優秀賞 竹下登(元英語教師) 日本 田中角栄を裏切って自民党の総裁候補に名乗りをあげたが、右の人から「日本一金儲けのうまい竹下さんを総理にしましょう」と大絶賛をうけた。褒められたのに竹下さんはなぜか逆ギレ。未だによくわからない。
優秀賞
1988年 最優秀賞 シャア・アズナブル ネオ・ジオン 逆襲逆ギレのシャアが劇場公開。内容についてはお察し下さい
優秀賞
1989年 最優秀賞 加藤哲郎(元近鉄) 日本 近鉄と巨人が対戦した1989年の日本シリーズ。近鉄2連勝の後の第3戦で先発し勝利投手となった加藤哲郎はヒーローインタビューで、「あれがセリーグの優勝チームですか? 全然迫力なかった」と燃料投下。日テレのアナウンサーの「ロッテより?」という誘導質問に対して「そう」とさらに倍。ところがどっこい、永遠の巨人軍は、この後3連勝。最終戦で再び登板した加藤哲郎は、駒田にホームランを打たれ、「バーカ」と言われる。結局は巨人が勝利し、日本一となった。強気の立場が一転したという、稀有なケースが受賞の理由である。
優秀賞
1990年 最優秀賞
優秀賞
1991年 最優秀賞
優秀賞
1992年 最優秀賞
優秀賞
1993年 最優秀賞
優秀賞
1994年 最優秀賞
優秀賞
1995年 最優秀賞
優秀賞
1996年 最優秀賞 石田純一 日本 不倫疑惑を追求された際、「不倫は文化」と逆ギレ。
反面教師賞 西田憲正 日本 東横インのホテルで障害者設備の不備が指摘されると、さっそく意気揚々と記者会見に望む。「障害者用客室つくっても、年に1人か2人しか泊まりに来なくて、結局、倉庫みたいになっている」「制限速度が時速60キロの道を67、68キロで走っても、まあいいかと思っていた」 などと軽いノリの、てへぺろ的な謝罪で乗り切ろうとした。が、しかし、これが敵の思う壺であった。再びテレビカメラの前に引きずりだされて、マスコミの説教の前に泣きながら謝罪会見させられることになった。
優秀賞
1997年 最優秀賞 庵野秀明 新世紀エヴァンゲリオンの最終作、通称EOEを劇場公開。アニオタにさんざん金を貢がせておいて「アニオタは現実に戻れ!!!」という逆ギレメッセージを込めたともいわれる。が、効果はなかった模様。庵野も後に諦め宣言をしたらしい。
優秀賞 相田みつを相田一人 日本 居酒屋の便所には、相田みつをの詩が置かれている。ある雑誌が「相田みつをは便所の神様」と事実そのものを指摘した。息子の相田一人は、すぐさま逆ギレ。訴訟を起こし、相田みつをは便所の神様ではないという反論を掲載する。
ノミネート 野澤正平(山一證券) 日本 山一證券倒産に際して、記者会見で号泣、いよいよキレるのかと皆が固唾をのんで見守る中、「みんな私たちが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」と建前ではあるが社員をかばったため失格。
1998年 最優秀賞 中原誠(名人) 日本 将棋界の偉大な棋士であったが、女流棋士の林葉直子と不倫関係にあったことが暴露された。また不倫状況を解消しようとした林葉に対して逆ギレして電話していたことが発覚。その時の留守番電話に残っいたメッセージ、「もしも~し、今から突入しまーす」「おい!いるんだろ!今から行くぞ!」という内容は衝撃的であった。マジで。
優秀賞
1999年 最優秀賞
優秀賞
2000年 最優秀賞 石川哲郎(元雪印社長)と愉快な取り巻き記者 日本 この年、食中毒の原因をつくった雪印だったが社長がエクストリーム競技場となったエレベータの中で記者の質問攻めのとき、「そんなこと言ったってねぇ、わたしは寝ていないんだよ!!」と逆ギレした。記者の方も「こっちだって寝てないですよ、そんなこと言ったら! 10ヶ月の子供が病院行ってるんですよ!」と逆ギレの応酬が繰り広げられた。ただキレ方としては、個人的な事情に終始した小市民的なやりとりという凡庸の極みであった。が、それが「じわじわくる」「素朴でいいよね」という懐古的な評価につながり、後に2002年の食品偽装で雪印グループが消えた遠因を作ったことで受賞の栄誉となった。
優秀賞 田代まさし(ネ申) 日本 東急東横線都立大学で女性の下着を盗撮した田代まさしが、理由を聞かれ「『ミニにタコができる』というタイトルのギャグ映像を作ろうとしていた」と逆ギレ。スベったため最優秀賞を逃す。
優秀賞 浦和レッドダイヤモンズのサポーター 日本 いつものように浦和が新潟相手に1-6で敗戦。なぜかサポーターは逆ギレして得意のバス囲み。地元のアルビサポータですらどこに売っているのか分からない生卵を大量に調達。その暴れっぷりに新潟県警の人が「お前らも負けたらあんな事するのか?」と真顔でアルビサポに聞くほどであった。
2001年 最優秀賞 ヘンドリック・シェーン(元祖転載科学者) アメリカ ベル研で超電導の新物質を発見したというシェーンは、捏造が疑われるようになった。追い込まれると「サンプル保管をした冷蔵庫が爆発した」「サンプルを積んでいたコンテナが海に沈んだ」という言い訳をカマした。
優秀賞 秋草直之(富士通社長) 日本 富士通の業績の下方修正に対する社長の責任を問われて、「業績が悪いのは従業員が働かないからだ」と答える。なんで、こんな人が社長になれた、うぉなにをするくぁwせdrftgyふじこlp
2002年 最優秀賞
優秀賞
2003年 最優秀賞
優秀賞
2004年 最優秀賞 植草一秀(手鏡収集家) 日本 品川駅のエスカレーターで女子高生のスカートの中を手鏡でのぞこうとしたとたが、「手鏡は持っていたが、のぞいていない」と逆ギレ。ミラーマンの称号を得る。
優秀賞
2005年 最優秀賞 姉歯秀次 日本 マンションなどの建物の構造計算書と頭のてっぺんの状態を偽装した。国会での追求も、みな頭の上が気になり核心に触れることができない。逆ギレの新境地を切り開いたイノベーターとして広く賞賛された。
優秀賞 小嶋進(元強度不足マンション販売専門家) 姉歯秀次の事件の際、強度不足のマンションを売り歩いた小嶋進だが、問題発覚後、参考人招致される。この際、議員からの質問に対して「何言ってんだよ! ふざけんじゃねえよ、本当に。この野郎!」「国交省もいいかげんにしてほしいですね。まったく」と逆ギレ。ところがどっこい証人喚問で態度が一転。「その件につきましては刑事訴追の恐れがありますので、証言を控えさせていただきます」で乗り切った。刑務所に入ることを恐れるチキンぶりが減点となり、姉歯氏のかつらインパクトには及ばず優秀賞にとどまった。
優秀賞 小泉純一郎 郵政法案が否決され、逆ギレ解散で大勝利。
2006年 最優秀賞
優秀賞
2007年 最優秀賞 田中稔(肉の魔術師) 日本 廃棄予定の牛肉に豚や鶏を混ぜるとあーら不思議、牛肉100%になる魔法工場を経営していた。これがバレると「販売店も悪いし、半額セールで喜んで買う消費者にも問題がある」と逆ギレ。
優秀賞 長井秀和 日本 「世界に通用するコメディアンを目指す」と逆ギレして、ニューヨークに渡り語学留学。なぜかフィリピンで少女へのわいせつ行為で身柄拘束をうける。テレポーテーションが使えるらしい。間違いない。
優秀賞 泰葉 日本 旦那のことを「金髪糞豚野郎」と罵り逆ギレ離婚。慰謝料は1億5千万円で、「安い」と発言し、守銭奴ぶりも発揮。
2008年 最優秀賞
優秀賞
2009年 最優秀賞 押尾学(ビッグスター) 日本 「ヒーロー不在のこんな時代だから、俺への負担も自然とデカくなる」「今の俺なら、suicaなしで改札を抜けられる」「風邪を引いたことがない。風を吹かせたことはある」と数々のビッグスターらしい名言を述べ続けた押尾先生が、逮捕。当然、逆ギレしたはずだが、その時の模様と受賞の喜びは、刑務所から出てきた時、本人の口から後世に語り継がれる名言として語られるであろう。
優秀賞
2010年 最優秀賞 國母和宏 日本 冬のオリンピック代表選手に選出されたが、服装がなってないと批判される。その弁明のための記者会見で、ダルそうに「ちっうるせ~な 反省してま~す」と中途半端な逆ギレ発言。この中途半端ぶりが火に油を注ぐ結果になった。また日本の村社会ぶりを炙り出した功労者でもある。
優秀賞
2011年 最優秀賞
優秀賞
2012年 最優秀賞 総統閣下シリーズ 映画「ヒトラー 〜最期の12日間〜」における総統閣下の逆ギレシーンに正しい翻訳字幕をつけるかという論争。政治ネタから、アニメや日常の些細な出来事に至るまで、発言内容の解釈がまったくことなっており、持説を誇示したい字幕部門の競技者たちが次々と動画をうpしては削除されるという事態になった。
常連賞 石原慎太郎 日本(と書いておこう) 閣下得意のディスりトークが最近の文学界や芥川賞の候補作に及んだ。すると、芥川賞の受賞者から「受賞を断って気の小さい選考委員が倒れてしまうと都政が混乱しますので、都知事閣下と都民各位のために、もらっといてやる」と挑発される。これに対し逆ギレ専門家でもある閣下は、「いつか若い連中が出てきて足すくわれる、そういう戦慄を期待したけど全然刺激にならない。自分の人生にとっての意味合いの問題だ」といつもの開き直りと芥川賞選考委員を辞職するという、定番の辞職技を披露。常連賞を受賞。
ノミネート 安倍晋三 日本 12月14日15時30分頃、自民党総裁の安倍晋三が遊説のため、静岡県内をJR東海道線の普通列車で移動中、初老の男性に注意される。JR職員がおさえていた席に、後から乗ってきた安倍が座ったため。男性は安倍氏の隣に立って苦言を続ける。安倍氏はしばらく聞いていたが「だから、すみませんって言ってるじゃないか」と逆ギレ、その後は座ったまま目を閉じる。
ノミネート 小森純[誰?] 日本 自分のブログにペニオクのヨイショ記事をアップしつづけ広告塔疑惑をかけられた小森純は、疑惑発覚後、Twitterの「死ねババア」というメッセージに対して「私は絶対死にません」という、101回目のプロポーズをオマージュした返し技を披露した。
2013年 最優秀賞
優秀賞 辛坊治郎 太平洋 イラク人質事件の際に自己責任論で、人質を批判したが、自ら企画したヨット沈没で自衛隊に救助された。このことを指摘されるが「海難事故に『自己責任』の評価は不当」、「自衛隊の救助を金額ではかること自体が失礼」と逆ギレ。
流行賞 リベンジポルノ 離婚した元配偶者や別れた元恋人の裸の写真・動画などをインターネット上に流出させる嫌がらせを「リベンジポルノ」というが、この行為事態がFacebookへの逆ギレと指摘する専門家がいる[要出典]
ブラックユーモア特別賞(辞退) 渡邉美樹 日本 居酒屋和民などを経営するワタミ・グループに対してブラック企業という批判が相次いでなされた。これに対して、「ワタミは天地神妙〔ママ〕に誓ってブラック企業ではありません」と発言。彼の発言は常に「心のままに」と「冷静に」を心がけているため、「たとえばビルの8階とか9階とかで会議をしているとき、『いますぐ、ここから飛び降りろ!』と平気で言います」と発言している通り、わたみーの発言は全て逆ギレでもなんでもない、と審査委員会に返答があり、辞退となった。
2014年 ノミネート 佐村河内守(元障害者) 日本 全聾の音楽家と称していた佐村河内守は、実は耳が聞こえるのではないか疑惑で、謝罪会見に臨んだ。今までのヘアースタイルやグラサンを捨てて競技本番に挑んだ。謝罪するかにみせかけたラリーの応酬が見えたが、一転。あなたが耳は聞こえているのではないかという相手からの指摘じゃなかったサーブに対して「曲のテープが出来上がった後、私が聴いて曲を直したこともあると言っていますが、1度もありません」という返しで高得点。続いて「新垣さんがうそをついているのか?」というサーブに対して、「はい。新垣さんを名誉毀損で訴えます」と返し、高得点を連発。
ノミネート 野々村竜太郎(元公務員) 日本 不正出張を繰り返していたという疑惑に対して、会見競技が行われた。競技開始前に取材記者と名刺交換するというウォーミングアップを念入りに行う姿があった。また、厳しい追求があればすぐに会見は終了するという独自ルールも設定。まさに勝利に向けた万全の体制で臨んだ。競技開始後は、ほぼ質問に答えず、自分語りという手法、そして号泣ギレという新技を披露し、独断場であった。
ノミネート ウラジーミル・プーチン(元KGB) ロシア マレーシア航空撃墜に関して、「ウクライナがやった」と述べた。これ以上のことを書くと本当に消されてしまう。

関連項目[編集]


Syazaai.jpg この項目「エクストリーム・逆ギレ」はエクストリームスポーツに関連する書きかけ項目である。この項目へ加筆すれば、君もエクストリームスポーツへの出場が優遇されるのである。ただし、出場しても命の保障がないから気をつけろ! (Portal:スタブ)