エクストリーム・記憶喪失

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動: 案内検索
Alice Liddell.jpg
修正依頼
この項目は、文章が冗長・まとまりを欠く・エッセイ的である・不適当な翻訳など改善の余地があるため、修正・推敲を広く求めています。
修正の要点 : このページのノートまたは履歴をお読み下さい。

エクストリーム・記憶喪失 (- きおくそうしつ) とは、健全な記憶とやる気と暇を持つ人たちが行う、「記憶喪失になったまねをしてその演技のリアルさを競う」って言うエクストリームスポーツである。コンピューターに例えるならば、「物理フォーマット」に似ている。競技人口2012年10月26日地点で約…あれ?ここはどこ?私は誰?アンサイクロペディア?なにそれ?

概要[編集]

アンサイクロペディアンの参戦歴。2008年1月頃、みんな仲良く記憶を脳のはるか内側にしまい込んだことが良く分かる。

さて編集者の記憶が戻ったので編集を再開する。このスポーツは2000年12月31日、お察し下さいが作った新しいエクストリームスポーツである。しばらく地味な歴史を過ごしていたが2008年1月、なぜかかなりの数のアンサイクロペディアンが一斉参戦し、記憶喪失 (アンサイクロペディア)を引き起こした。一時期世のアンサイクロペディアン(日本語版に限る)どもに知られるようになったが、2月に突入した瞬間一斉参加していたアンサイクロペディアン達は一斉に試合放棄しおったためにアンサイクロペディアは黒歴史ということで隠蔽し、また現在まで超が200個つくほどどーでもいい誰も気にしない状態になっちゃって今に至る。 実は記憶喪失には2種類あり(実話)、「これからのことが記憶できないタイプ」と「いままでのことがわからないタイプ」なのだが、99%の人が後者でスポーツに挑戦する。

大会[編集]

まだまだ未熟なスポーツであるので大会は記憶喪失同好会の支部が個別に主催する市町村単位のちょっとした大会しか開かれておらず、このスポーツの競技人口の少なさから都道府県、全国、更に世界レベルの選手権が訪れるのは156年後と言われている。

同好会主催大会の軌跡[編集]

…えっ?田舎が多い?勘弁して下さいな、自分の出身地を擁護したい気持ちは誰にでもあるでしょう。

記憶喪失同好会[編集]

この組織は各市町村ごとに存在するもので、2001年1月1日に本部が発足し、このスポーツに参加する人は全員入らなければならないとされている。各市町村の同好会をまとめる同好会本部が東京にあり、この東京本部の同好会総長はアレ・ココドーコ氏である。現在この組織は関東、中部、東北、関西にしか存在せず、日本全国への普及が急がれている。

このスポーツの特異性[編集]

このスポーツは、「記憶喪失になった物まねをしてそのリアルさを競う」というものなので、審査員には物まねであることを隠す必要がある。そのため、十津川村や新潟市など一部の大会では、審査員にごく普通の人を抽選とかで登用して、一回登用したら二度と登用しないという方法を採っている。また、東京や八王子など都会部の大会では、審査員に実際に記憶喪失になった患者を診ている脳外科の医者たちを登用して審査させているところもある。2012年の和歌山大会などでは、一般と医者の両方に審査させている。

審査基準[編集]

  • 「あれ?ここはどこ?私は誰?」(+10点)
あまりにありふれているため、加点は少ない。これは一般審査員でも同様。あまり使うとつまらなくなって退場となる危険性もはらむ。真に迫っていたら、最高100点加点まであがる。
  • その他の喚き(+100点~+1000点)
例「(自分の描いた絵を指差して)こんなへったくそな絵を描いたのは誰だ?」など。一般、医者両方とも高めのポイントが望める。ただし医学的に記憶喪失の症状に沿っていない場合は医者の時に減点、意味のない迷惑なだけの叫び声(例:うりょあああああ、あああああああああ)は、医者、一般ともに即退場、最悪そのまま黄色い救急車に運ばれていくので注意。
  • 動作の障害(のふり)(+10000点~+12000点)
例ご飯を食べようとしてスプーンを持ちながらおろおろなど。医者は特に高い得点をつける傾向がある。こいつを繰り返し使うと効果的。
  • 前述の3つを長時間続ける(×2~×20000)
一分続けた時のスコアを1とする。
一時間ごとにスコアが1ずつ上昇。
24時間でボーナスとしてスコア6上昇。
30日でボーナスとしてスコア100上昇。
360日でボーナスとしてスコア8000上昇。
360日たったら強制終了。記憶を取り戻して下さいな。
  • 実際に記憶喪失となる。(それまでのスコアにかかわらず優勝確定)
見ての通り、最高の名誉?が与えられる。ただしこれによって優勝した人はノーマルに優勝した人に比べて賞品にかなりの差がある。

優勝者とそれに対する表彰[編集]

優勝者とは、その年の大会ですべての会場の中で一番高いスコアをたたきだした人である。

2001年大会:覚江梨子(おぼえなしこ)    

13250000点
第一回大会にして半年もの間ゲームを続行。トロフィーと賞状と記憶喪失ラーメンを進呈。

2002年大会:茲覇努子(ここはどこ)     

19923800点
「その他の喚き」にあたることをただただ繰り返し、わずか32秒で覚江梨子をも上回るスコアをたたきだした。口臭かった。トロフィーと賞状と噛むブレスケアを進呈。

2003年大会:木尾国内世(きおくにないよ)  

11143380点
「きおくにないよ」という伝説の名言を2カ月いい続けた。記憶力向上ドリル11143380冊とトロフィーと賞状を進呈。

2004年大会:アレ・ココドーコ        

22330089点
現在同好会記録のスコア保持者。現記憶喪失同好会東京本部総長。81歳の誕生日にスポーツを開始し82歳の誕生日に終わらせたという伝説の男。トロフィーと賞状と同好会東京本部総長の座を進呈。

2005年大会:覚江内是(おぼえないぜ)    

11029989点
2001年大会優勝の覚江梨子の夫。覚江ファミリーはここからとんでもない活躍を開始する。妻と同じものを進呈。

2006年大会:何其男石野(なにそれおいしいの)

11213321点
食べ物に対し異常な執着を示し記憶喪失しなければならないことを完全に忘れてしまったりしていたので優勝は不可能かと思われたがなぜか優勝。トロフィーと賞状と20年分の刺身を進呈したが、3日目にしてすべて腐った。

2007年大会:気奥泣成(きおくなくなる)   

∞点
なんとこの大会史上初、そして今のところ唯一である「本当に記憶をなくす」をしはった人。黄色い救急車で緊急搬送。病院でお見舞いを進呈。彼曰く「何このトロフィーーと賞状と黄色い救急車のミニカー?優勝?何が?」

2008年大会:アンサイクロペディアン   

計12765982点
1月に突如参戦したが、大会に出たものとする。1ヶ月間でずいぶんみんな暴れてくれた。対象が多すぎるので賞品はなし。

2009年大会:覚江名井与(おぼえないよ)   

22286754点
覚江内是、梨子夫婦の長男。アレ・ココドーコ氏に迫らんばかりのスコアだが、もう少しのところでギブアップした。その理由?お察し下さい。両親と同じものを進呈。いえには記憶喪失ラーメンがあふれかえる。

2010年大会:和擦茶太(わすれちゃった)   

11909762点
「わすれちゃった」をただただ連発。わずか10日でこのスコア。景品は何かって?わすれちゃった。

2011年:大会開催せず。

2012年大会:覚江辺弟(おぼえへんで)

19827384点
覚江ファミリーの長女。大阪弁を話すが生れは東京、そだちは福岡。優勝者の中で初めて商品の受け取りを拒否。

この記事は意味不明である[編集]

当たり前だ。筆者のユーモアは皆無に等しい。誰か助けて!

関連項目[編集]