エクストリーム・竹島論争

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エクストリーム・竹島論争(Extreme Takeshima dispute)は、遥か昔から今までずっと試合が続いているエクストリームスポーツである。

日本側の攻撃の一例
韓国側の攻撃の一例

概要[編集]

日本側で「竹島は日本領だ」といって、韓国をどれだけ怒らせることができるかを競う。 政治家教科書会社保守系日本人の参加が多い。

なお、韓国・左翼系日本人側では逆のルールでエクストリーム・独島が開かれている。一応この2つのゲームは同じもの(野球でいう攻守のようなもの)であり、つまりこの試合は2002年ワールドカップと同じ日韓共同開催といえる。 現在も試合は続いており、竹島が検閲により削除されて消滅するか、領土が確定するまでは試合は終わらない。

単にストレス解消のみを目的にした参加者もいるが、これが多すぎるとろくな試合にならない可能性が高くなる。

そんでもって、元から竹島が日本領であるとい事実は紛れもない事実であるので、後ろめたい気持ちを感じることもない。くさいキムチ人を完膚なきまでに叩き潰してやりなさい!

ルールと得点[編集]

得点[編集]

  • 国連事務総長が「竹島は日本領」と公の場で発言する 10000点
  • 政府の人が「竹島は日本領」と公の場で発言する 2000点
  • 教科書に「竹島は日本領」と載せる 1000点
  • 韓国が過激な反発する 100点(韓国側の反則と見なされ、日本側の得点になる)

上記のルールは日本側から見たものである。韓国も同じことをすれば韓国側の得点になる。 レフリーの判断により、ボーナス点が入る場合もある。

反則[編集]

あまりにも過激な行為はペナルティーと見なされ、イエローカードが出て減点、相手側チームの得点(100点)になる。しかし、そんなものはお構いなしに試合が続行されることが多い。

もちろん相手の国旗を焼くような行為は禁則事項です。やった場合は減点である。(相手チームの得点になる) 余談だが、日本においては刑法第92条に「外国国章損壊罪」が定められており、どの道、試合中に相手国旗を焼くようなことがあれば警察のお世話になるのは確実である。

コンボ[編集]

試合中に日本か韓国のどちらかが竹島を検閲により削除した場合は、検閲により削除したチームのコンボであり、そちら側が永久勝利となる。コンボが発生した場合、二度とこのスポーツは開催されないだろう。(おそらく)

また、竹島がどちらかの領土であると確定しても、試合は終了。

歴史[編集]

  • 1900年10月25日 - 韓国側が鬱陵島と石島を韓国領と主張。
  • 1905年1月28日 - 明治政府が竹島を島根県に編入。試合開始
  • 1910年8月22日 - 韓国併合試合一時中断
  • 1948年8月13日 - 大韓民国建国
  • 1951年8月10日 - 「竹島は日本の領土」という米国政府の意向が韓国政府に示され試合再開。ちゃっかり日本側が2000点GET。
  • 1953年2月4日 - 済州島付近で漁労長が韓国側に銃撃を受け検閲により削除韓国にイエローカード
  • 1954年9月25日 - 日本政府は試合の平和的な終了のため試合結果の判定を審判に付託することを提案したが、韓国側が拒否
  • 1977年2月5日 - 福田赳夫首相が「竹島は一点疑う余地のない日本固有の領土」と発言。日本側に2000点
  • 2002年 - ワールドカップが開催。この間だけ試合は「タンマ
  • 2005年3月16日 - 島根県が「竹島の日条例」を可決。日本側に2000点
  • 2005年8月 Googleの表記による日本海呼称試合が同時開催。日本側がvankに総攻撃「世界はここを日本海と呼ぶ」「たけしま」「ちん 」などの連続コンボ達成。翌日全世界にバレてしまい、減点されるも554点GET
  • 2012年8月オリンピックサッカー3位決定戦の後、韓国人選手が、独島は、我々の領土と、掲げ韓国にイエローカード、その後バレーボール3位決定戦で、ちゃっかり報復勝利し、641点GET、その後サッカーU20女子ワールドカップで、も報復勝利し7154点GET。

※実質的に大東亜戦争、(太平洋戦争)中も試合は続行しており、大量破壊兵器である竹槍が多用された(島なだけに)。 また、上記の試合開始時期は韓国側の発表によるものであり、実際にはかなり昔に日韓双方の間で自然発生的に試合開始されている。

※胡散(うさん)臭いという言葉は于山島から来ている。

関連項目[編集]