ウチナンチュ

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ウチナンチュとは、以下の項目に当てはまる人々のことである。

  1. 苗字が比嘉、島袋、大城、平良、具志堅、あるいは金城という苗字である。
  2. 肌の色が黒い、または毛深い。
  3. 年間所得が200万円未満(ただし軍用地賃借料は除く)。
  4. 琉球帝国が定める国語、琉球語に堪能である。
  5. 指笛を、スポーツ応援に相応しい程度の音量で吹くことが出来る。
  6. ゴーヤーの苦味をカレーライス等にぶち込んだりして誤魔化すことなく我慢出来る。

この言葉はウチナーンチュウチナンチューウティナァンチュゥと表記されることがある。正式な表記は、ウチナンチュである。古代琉球語で「ウチナ(世界の要たる(ウテナ)」)+ 「ナン(南の海に浮かぶ)」+「チュ(人々)」という意味があり、合わせると「南の島の人」という意味になる。反対の意味の言葉としてヤマトゥ(山に住む人、の意)あるいはナイチャー(自然と共に歩く者、の意)がある。

琉球帝国居住者はウチナンチュと定められているが、何処までをウチナンチュとするか問題視されている。両親がウチナンチュであればその子供はウチナンチュであり、ウチナンチュの血を8分の1(顔がどう見ても日本人離れした濃さである場合はそれ以下でも許される)保持しているなら、ウチナンチュであると戸籍に明示される。ただし、どれほど血が濃かろうとゴーヤーをカレー味で食す、ヨーグルトで煮込むなどし、その苦味をまろやかにしようとする者はウチナンチュと認められない。また、ゴーヤーを「ゴーヤ」と発音する人間は、たとえ比嘉さんでも認められない。

「ウチナンチュ」のルーツ[編集]

深海に沈んだムー大陸の末裔が移り住んだという説が有力視されている。ムー大陸の遺跡が与那国島近海および北谷(チャタン)沖で発見されており、この説を裏付けている。琉球帝国では「ムー大陸サンバ」なるものが存在し、毎年夏ごろには、総勢1万人の参加が見込まれている「1万人のムー大陸サンバフェスティバル」が行なわれている。

世界の「ウチナンチュ」[編集]

ウチナンチュ琉球帝国だけでなく、世界中に居住を構えている。毎年、海外に住むウチナンチュによる決起集会が行なわれており、日本から独立を目指す祖国の同士たちに、金銭面での援助を行なっている。彼らによる武器の提供のために、アメリカと日本による革命軍鎮圧は困難を極めている。また海外のウチナンチュは、お互いのことを「ケンケイ」と呼び合うことで知られている。