ウィキペディアを追放された者はアンサイクロペディアでも追い出される

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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「ウィキペディアから追放された その悔しさを忘れはしない ネットを旅して目についた アンサイを必ず支配する」
ウィキペディアを追放された者はアンサイクロペディアでも追い出される について、宇宙猿人ゴリ
自由とは無法ではなく己のルールで生きること」
ウィキペディアを追放された者はアンサイクロペディアでも追い出される について、銀魂のサブタイトル
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ウィキペディア専門家気取りたちも「ウィキペディアを追放された者はアンサイクロペディアでも追い出される」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

ウィキペディアを追放された者はアンサイクロペディアでも追い出される(-ついほう-もの-お-だ-)とは、アンサイクロペディアで発生している現象及び法則のこと。

概要[編集]

本現象を予想だにしていなかった新規ユーザーの例。

ウィキペディアって堅苦しい? そうだね、私もそう思う。そんな所よりアンサイクロペディアの方が居心地良さそうだって? そうだね、私もそう思う。どうやらそれは皆が感じていることらしい。[不要出典]

近年、ウィキペディア(以下あっち)を追放された利用者達はより自由で面白みのあるアンサイクロペディア(以下こっち)にやってくるケースがある。しかし残念ながら、そういった利用者のほとんどはこっちでも追い出されるケースが多い。彼等の多くは、次のような手順で墓場送りにされる。

  1. あっちでブロックされて、他に時間の潰し場所がないか探してたらいいサイト発見。
  2. こっちはふざけたサイトであるから、何を書いても許されると思い込む
  3. 短い記事、あるいは自分しか面白くない記事ぼくのかんがえたもうそうを投稿する。
  4. 当然のようにNRV即時削除を貼り付けられる。
  5. 「所詮アンサイクロペディアもウィキペディアと同じようなクソサイトだな!」と喚く。
  6. こっちでもブロックされる。

というのが通例で、流星群のように儚く消え行くユーザーが後を絶ちません。

原因はそういった利用者達にある誤解だ。こっちからはあっちよりは自由な雰囲気が感じられるという点がそもそもの間違いだが、それは正解とも言えるし、不正解とも言える。

まず自由な点を挙げるとすれば、記事の書き方だ。つまらないと判断されないように嘘八百の内容にしたり、面白可笑しい内容にすればどんな文体にしても問題ないし、多少不謹慎な記述でも限度はあるが許容される。不自由な点は一人で記事を完成させなければならないという点だ。あっちのように未完成のまま誰かの加筆を期待することはできない。何故ならユーモアの方向性は人によって違い、良かれと思って用意した骨組みも投稿者の頭の中身を理解できない他人からは加筆不可能で、もし削除系のテンプレートを貼り付けられたならほとんどの場合自分でなんとかするしかない。そうです、実はアンサイクロペディアの方が数百倍面倒なんですよ。

あっちで記事を書くには、情報を収集する努力が求められる。インターネットで情報を集めればそれなりに執筆記事の情報が揃うし[1]情報をつなぎ合わせて無難な文体にし、主観を排除した文章にすれば[2]立派な記事の完成である。だってあっちは所詮ただの辞書[3]真実はいつもひとつなのだから。

それに対し、こっちの場合は執筆記事の情報収集はもちろんだが、記事の香辛料である独自の風刺ユーモアが求められる(むしろこっちのほうが大事である)。ユーモアや風刺は、その品質の良し悪しが明確に定められているものではない。記事に上質なユーモアや風刺を織り込むには相応のセンスが必要であり、Uncyclopedia:馬鹿にならずにバカバカしくやる方法にも書いてある通り、時間をかけて書く努力も必要だ。思いつきで嘘八百を書き散らしたところで、常連ユーザーや管理者は「研究不足、面白くない、消されてきたどうしようもない記事と同じ」とばかりにゴミのように削除することだろう。あっちで事実を調べて淡々と描くという最低限の努力すらできなかった人達が、こっちで生き残れるわけが無い。学校が不愉快だからと自衛隊の基地に居候しに行くようなものです。あっちが真面目な記事を真面目に書いているように、こっちは不真面目な記事を真面目に書いているということだ。まるでかいけつゾロリである。不真面目な記事をテキトーに不真面目に書いているわけではないのだ。

あっちで追い出されてこっちでも追い出されるユーザーの言い訳とその回答[編集]

問題ユーザーに一般ユーザーから苦言
「こんなにオレを苛めるなんて、あっちと同じで新規執筆者差別主義者だらけだ」
単に貴方の書いた記事がつまらなかったり、問題のある発言をしたからです。本当にそんなものがあるなら新着記事に新規利用者の記事が載りません。差別って言えばわがままが許される訳ではありませんのでご注意下さい。
「所詮、あっちと同じで管理者の独裁かよ!」
Uncyclopedia:管理者不信任動議というものがありまして、民主主義のアンサイクロペディアは誰かが管理者に不適切だと判断した場合は、民主主義の象徴である投票で決定を行います。自分の気に入らないからって独裁云々を言いだすなら、自分のwikiサイトを作り思う存分貴方の独裁を楽しんでください。
「ムカついてとりあえず揚げ足を取りたかったから、あっちと同じく思いつく限りの文句を言ってやったぜ!ヒャッハー!
おめでとう、これで貴方はウィキペディア→アンサイクロペディア→ユアペディアと次のステップを進めることができる。ポケモンで言うヒトカゲからリザードンになったようなものだ。もうリザードには用は無いよね、バイバイ。
「なんだ、これじゃあっちと変わらないじゃないか!」
君はまだここすら読んでないのかね?ちゃんと基本方針に賛同していただけるならって書いてあるだろ?君はどうやらここに不向きな様だ。ユアペディアという素晴らしいフィールドが君を待ってるよ。じゃ。
「『自由気ままな百科事典』じゃねえのかよ!」
君は「自由気まま」という言葉をはき違えてないか? もう一回、「概要」の節を見てこいよ。
「あっちもこっちもダメならそっちに行ってやる!」
そっちが求めているのは人を楽しませるバカであって、君みたいに人をドン引きさせるバカではありません。諦めなさい。
「あっちもこっちもそっちも俺をいじめる。こうなったら最後の切り札使ってやる!」
どーぞどーぞ。つーか君は、最後の切り札ってとこでいじめられて、あっちやこっち、そしてそっちに泣きついたんだろ?そもそも、2ちゃんを最後の切り札などと考えている時点で底が知れる。せめてウィキペディアやメディアウィキサイトが大嫌いな著名人(上杉隆とか)をTwitterなり何なりコンタクトが取れる場所で煽るぐらいのことをやれ。
「反ウィキペディア主義のままにやってきただけじゃないか!」
アンチ・ウィキペディアという方針は、あっちに対して一種の敬意を持った上であっちをおちょくる叩く、いわば愛情の裏返しともいうべきものだ。だってそうしないとアンサイクロペディアじゃなくなるんだから。君がやってきたのは単なる侮辱であって、あっちを追放された鬱憤晴らしに過ぎない。どうしてもやりたいんだったら向こうへ行きなさい。
「向こうも追い出されたよ。どうすんだよ俺?」
君は一体全体向こうで何をしでかしたのかね!? ま、結局は自分でサイトやブログなどを立てる勇気も能力もないから、あっちやこっち、そっち、向こう、そして最後の切り札で粋がってるんだろ?

備考[編集]

なお、アンサイクロペディアでは追い出されたが、ウィキペディアでは管理者、チェックユーザー、オーバーサイト権限まで取得するに至った利用者がいるらしい。つまり、この法則のは、必ずしも成り立たないのである。ところが、その利用者はその後、管理者権限を濫用したり、他の管理者に意味不明な理由で喧嘩を売ったり、問題をさらに悪化させるような行動が多すぎた為、これらの権限を解任投票によって剥奪された。権限を剥奪されてふてくされたこの利用者は荒らしまがいのことを行っており、最早追放は秒読みである。順序が違ったが、アンサイクロペディアを追放された奴はウィキペディアでも追放されるのだ。

ついでに、この法則の対偶である「こっちを追い出されない者は、あっちでも追い出されない」は、空気が読める人間の証明と思われるので、おそらくであろう。余程ユーモアに満ちた妄想癖がある愛すべき気違いでない限り。

脚注[編集]

  1. ^ ただしインターネットで得られる情報の九割…否、九割九分は玉石混淆の「石」の方で、信頼できる情報源に合致せず、その石をソースに記事を書くと結果としてデマをばら撒くことになる。言うなればネットの情報を信頼するということは、ネットで散々叩かれているマスゴミの主張を何も疑わずに信じるのに等しいくらい愚かな行為である。ま、元々ウィキペディアはデマだらけなので、今更デマの一つや二つ増えても問題ないけどな。
  2. ^ それどころか巧妙に主観や偏った情報を織り交ぜ、読み手を自分と同じ思想に誘導しようとする執筆者もいる。
  3. ^ 正確には辞書ではなくて百科事典だが、専門家達からは素人が編集できる時点で字引崩れも同然と扱われている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]