ウィキペディアで見た

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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ウィキペディア専門家気取りたちも「ウィキペディアで見た」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。

ウィキペディアで見たとは  

インターネット検索時代を象徴する言語と現象であり、しばしば自称知識人、頭脳労働者階級の感情を無駄に刺激する危険な言語である。 もしくは「ウィキペディアで読んだ」「ネットで調べた」など。 正確な発音は様々であるが「ウィキペディアで見た」を激昂口調で発音すると 「ウィキペィディアぁあ!でぇぇえみぃたぁあぁあ?!」

概要[編集]

どこかの出鱈目嘘八百辞典とは異なり、世界知識の結晶体を自他ともに認めるウィキペディアは、誰もが編集できるという特性があり、幅広く官民から知識を得ることで拡大していくというものである。故に中立的な観点での編集に落ち着くことや、出典が不明瞭なものは削除されるという形で最も項目が埋められていく。 従って極めて主張が苛烈なものや、斬新な説のものは排除される傾向である。 また権力をもった団体の記述や、存命中の人物に関する記述は真実であったとしても、大人の事情などもあり残念ながら真実が否定され、要出典などと云われてしまう。例えば捏造武道団体を主催している人物などに関する記述は、結局、削除対象や編集合戦(編集履歴をみるととても面白い)となり、全削除ないし、無難な記述で終わるのが通例となっている。つまりがあまりにお粗末な素人の編集結果ということである。 故にそのジャンルの専門家を自負する人間からすれば、ウィキペディアの記述とは面白みがない項目となっている場合が多いらしい。

とりわけ真実を追求する傾向が強い学者や、偏屈なマニアや偏執狂的なプロからすると極めて“自分の専門を馬鹿にされた!”と勝手に怒り出す傾向すらあるのである。別に馬鹿にするほどの興味なんてないんだけどさ したがってついウッカリそういう人種と話をしている時に、自分の知識がウィキペディアやインターネットからのものであることを告白するこの発言「ウィキペディアで見た」をすると、相手から凄まじい形相で怒りを買うことになってしまうケースが近年報告されている。

実例(全て仮名)[編集]

  • パーソナルサポート行政書士事務所所長、中田潔さん「雑学さん、貴方は行政書士という仕事をご存じですか?」
  • 雑学「あ、はい一応しっています」
  • 中田「どんな内容ですか?」

(中略)

  • 雑学「…というお仕事ですよね?」
  • 中田「0点ですね。全然駄目です」
  • 雑学「ウィキペディアで見たのですが」
  • 中田「!ウィキペディアで見たぁ!?(ウィキペィディアぁあ!でぇぇえみぃたぁあぁあ?!)たった1ページじゃないですか!」
  • 雑学「そうですね」
  • 中田「行政書士の本を一冊読んだとか!そーいうのはないんですか!?」
  • 雑学「ないですが…」(?)
  • 中田「大体貴方には熱意を感じられないんですよ!」
  • 雑学「…はぁ」(???)
  • 中田「行政書士になりたいとかぁぁぁああ!!」
  • 雑学「……」(…この人ってバカ?)

(後日)

  • 弁護士細川先生「へぇ、それで怒られたんですか」
  • 雑学「はい」
  • 細川「(笑)あそこはねぇ行政書士の免許はあるけど司法書士の看板がないからねぇ」
  • 雑学「あ、そういえば!」
  • 細川「しかも中田の若所長はまだ行政書士免許も持ってないしねぇ…ハンコはお父さんが押すしね」
  • 雑学「ええ、行政書士のバッチはしてませんでしたね」
  • 細川「…結局、卑屈なんですよ(笑)」

(中略)

「ウィキペディアで見た」の使用者曰く[編集]

確かにウィキペディアで物事を全て解った気になるのは宜しくない。が、かといってインターネットなどの便利な現代の道具を全く使わないというのも問題である。大事なのは自分にとってそのジャンルの知識が、ウィキペディア程度で良いのか?そうでないのか?という見極めである。そして自分にとって関心がないジャンルに、奇妙なまでの拘りを持っている鬱陶しい人間に、不幸にも遭遇した場合には「知らないので教えてくれませんか?」とあまり興味がないことを主張しつつ、適当にあしらうのが最上である。(そしてさっさと逃げるのだ)

関連項目[編集]