ウィキペディア

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

このページは、いっぱいいたずらされちゃったので、すうじのなまえのこいちねんせいのこはいじれないことになっています。
どうしてこうなちゃたかここをみればわかるかもしれないよ。
Disambiguation ウィキペディア のその他の用法につ・い・て・はウィキペディア (曖昧さ回避)CHECK IT OUT!! はい!!!
ひよこ陛下
秀逸な記事

この記事は秀逸な記事だよ。書いた本人とひよこ陛下が言うんだから間違いない。より素晴らしい記事にできるってんなら、してみやがってください。お願いしましたよ。
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ウィキペディアの旧ロゴ
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ウィキペディアの使う思想操作機(左)、情報官(右)
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偽物に注意
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偽バウンドロゴ
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「アンサイクロペディア(小児性愛者のための一輪車教団)とは、ウィキペディアで引っこ抜かれた雑草たちの墓場である。南無阿弥陀仏」
~ ウィキペディア
「投稿ブロックを歓迎したい。つい、参加してしまい、時間をとられてしまい困っていた。この辞典の創始者は良くも悪くも変なものを創ったものだと思う。投稿ブロックをされて歓迎する者も少なくないような気がする。皆様ももし希望するならこの方法(強制退去)しか抜け出ることができないのではないかと潜在的に思っているに違いないと思う。順次、お願いするしだいである。宗教の布教の手法の一つとしてもかなり有効なもののように思うので、気がついた宗教関係者はこの手法を取り入れるのを検討するかも知れない。読むだけにしたい。」
~ ウィキペディア について、某ユーザー

ウィキペディア (Wikipedia) とは、重過ぎる頭を寄付してもらった大量のイエス・ノー枕で何とか支え続ける事で、どうにかこうにか生きている歩けない自称百科事典のこと。そんな頭、ポイしちゃえば良いのにね。そうすれば肩凝りも直るよ。

目次

概要

ウィキペディアは、アンサイクロペディアの参加者よりも9000000000000000000000000000000000000000000000000000000倍固い頭を持つ人間が集まり、様々な事について真理を見出そうと、日夜キーボードの前でヘッドバンギングをキメている(と当事者のウィキペディアンらは主張している)インターネット上に存在しているウェブサイト(場所)である。

このサイトは、ポルノサイトの運営者ジミー·ウェールズ(日本名:神保上州 通称:チンポ)が性風俗の用語集として開設したWikiである。2001年1月15日より英語版が開始され、オープンコンテント形式で提供されている。その目的は世界のポルノサイトを宣伝し、ポルノ画像販売を事業としているボミス(ジミー・ウェールズが代表者)を筆頭としたポルノ業界の振興を図る事である。

表向きはフリーの百科事典サイトを自称しており、「世界を堅苦しい表現にあふれさせること」というもっともらしい理念を掲げているが、これは性風俗店がマッサージ店を自称している事と同じで、マスコミによる追求や警察による摘発から免れる為のカモフラージュに過ぎない。事実、ウィキペディアには無数の性風俗用語とエロゲを宣伝する記事が執筆されており、百科事典としては常識的に考えてありえない内容が平然と掲載されている。また百科事典サイトと自称してる事を良い事に個人のプライバシー平気で侵害している。一方で、その他の一般的な事柄を説明する記事には、正確性、中立性、ユーモア、ジョーク、だじゃれ、ちんちんうんこ(→罰当たりな言葉)といった要素が全く無く、読んでもまるで役に立たない記事で埋め尽くされている。著述者数の多さに比して、利用者数は叶姉妹の表現を借りれば「プランクトンのように取るに足らない」といわれている。

近年、ウイキペディアは「2ちゃんねるの百科事典」とも言われる。実際、2ちゃんねるユーザーがウイキペディアの記事を話題にし、特攻とも言える強圧的な記事の書き換えを行い、2ちゃんねる用語辞典と化しており、それに反発する一部のウィキペディアンとの間での醜い編集合戦が日常茶飯事となっている。また、Googleと相互依存関係にある事から、「Googleの百科事典」とも言われる。日本独自の事情から「電通の百科事典」と言いまわされる事もある。ウイキペディアに嘘でも何でもいいから、自分の会社の情報を書くとGoogleで高いレーティングが与えられ、検索結果として妥当性があろうともなかろうとも関係なくヒットする。このことから、広告を目的にウイキペディアに執筆する企業は後をたたない。

最近のアンサイクロペディアの脳の硬化による規制の強化はこのウィキペディアからのスパイ工作員による洗脳活動が行われているからと私のゴーストが囁いてます。もっとフリーダムな表現と活性化のために、工作員たちに徹底的に反逆するべし。ゼロの二番煎じにならないように( ̄ー ̄)ニヤリッ

記事

やたらめったらと無意味に多くの記事を持ち、24時間営業参加している執筆者の多くが何らかのオタクである(俺達も人の事言えないけどな)。彼らはウィキペディアの主旨に従って性科学ないし性風俗に関する記事の執筆、およびわいせつな画像の投稿を最優先としているが、自身の趣味をあがなうため、日々せっせとアニメテレビゲームマンガといったサブカルチャー媒体を、自分自身の価値観で埋め尽くすべく、それら作品の寸評や私的な感情をせっせと勤勉に書き込んでいたりもする。この延長で、様々なメインカルチャーに関する事柄や、科学政治経済哲学宗教芸術hydeの身長は156cmオカルトUMAUFO都市伝説や各種おまじないを含む)といった諸々の事象に関する記事も存在する。もちろん、これら一見ヲタとは無関係な記事にまでせっせとヲタ項目へのリンクを貼付けることも忘れてはいない。気持ち悪いね。

概ねその内容は、カオス真理を内包している(→集合論)のと同様に、一応の客観的合理性を含むため、一部ではそこに記載された内容が、全面的に信頼に値する内容であると誤解される事も多いが、スタージョンの法則によれば、その9割までもがカスである。なおこの状態をエンジニアにして哲学者のマーフィー1918年 - 1990年)は「いっぱいの汚水にワインを一滴注いでも、それは樽いっぱいの汚水のままである。でも汚水は僕の大好物さ」と表現している。

実際、ウィキペディアでは100以上の記事において正確性に疑問があることが指摘されているが、「一匹のゴキブリを見たら50匹いると思え」とする定理に従えば、指摘されていない記事も含めるとその数は50倍以上、すなわち5000ページを遥かに越えるのではないかとも考えられている。このような指摘に対してウィキペディアンたちは、「ウィキペディアのパロディサイトであるアンサイクロペディアと比較すれば、ウィキペディアのほうが信頼できる。だからウィキペディアは世界一だ!!」等と主張している。ちなみにこのような主張を展開する人々に対してブリタニカ百科事典の名前を出すと、逃走するか、提灯メディアに頼んでウィキペディアのほうが信憑性は高いという調査結果を捏造するという不思議な習性を見せる。

また彼らは堅苦しい表現を不必要なまでに大変好み、利用者の読み易さを度外視した改悪を行っている。例としては、文を全てであるで終わらせてみたり、専門用語を説明なしに多用したりするといったパターンが多い。

彼らはその行為を雑草とりと呼んで憚らず、この世で堅苦しくないものは、総じて雑草、即ち邪魔のものであるかの悟得の態度をとっており、この姿勢は一部の利用者から批判を受けている。しかし彼らはそれらの利用者を場を乱す行為、あるいは公序良俗に反する行為であるとして切り捨て、その意見を全く聞こうとはしないが、実体は下手糞な文章の陳列の域を出るものではない。

ウィキペディアでは日夜いくつも著作権侵害行為が行われてもいる。その数は当然アンサイクロペディアの比ではない。しかし彼らは卑劣にも証拠を隠滅したりして全力で訴えられるのを避けているため、今まで裁判沙汰になったことは一度も無い。このような行為は、飲酒運転事故を起こした犯罪者が危険運転致死傷罪で処罰されるのを回避する為に酒気が抜けるまで逃げ続ける行為と非常に似ており、責任を負おうとせずに逃げ続ける管理者や運営者の悪魔的な人格を象徴している。ウィキペディアの内部でこの事が問題視されないのは、利用者が極めて少ないことを意味している。

中立性を重視していると思われがちだが、利用者によって考え(どれが中立でどれが中立でないか)が違うため、百科事典に相応しくない記述が目立つこともある。

闇魔法

GFDL

ウィキペディアでは、GFDLの闇魔法により、たった一つでも著作権侵害の投稿があれば、何百億回もの著作権侵害でない編集が無駄になってしまうという呪いも抱えており、プロジェクトはただひたすらカッコいい王子様がキスで呪いを解いてくれるのを待っているだけの状態に成り下がっている。

気に食わない相手を罠にはめる方法~{{要出典}}と著作権

なお、この闇魔法は、ウィキペディアンが他の気に喰わないウィキペディアンをダブルバインドの罠に嵌める為にも多用されている。つまり、気に喰わない奴の記事に向かって{{要出典}}を貼り付け「この部分の出典を示せ!」と野次ると、そいつは参考にした文献にどう書かれているのかを加筆しなければならなくなる。そこですかさず、「その文献の著作権を侵害している!」と騒ぎ立てれば、気に喰わない記述は闇に葬られるという寸法である[要出典]。ウィキペディアの「出典の明記」と「著作権を侵害しない」という相反するオキテは、この様にして、管理者気取りのウィキペディアンのサディスティックな衝動を満足させる為に利用されているのだ。被害に遭うのは、殆どの場合、ウィキペディアを「百科事典を編纂するプロジェクト」だと思い込んでいる純朴な初心者や、熱心な研究者である。

近年、頭脳犯と思われる人々がウィキペディアに、巧みに嘘情報を書き込み、そしてウィキペディアを引用した新聞社や雑誌編集部を混乱に陥れる知的犯罪がはびこっている。時には「出典」まで捏造し、まるで本当の事のように演出した嘘も珍しくなく、ただ出典を示す為だけに作られたサイトが存在する程である。高度に偽装されさりげなく加筆された嘘情報は、その情報自体にトレーサビリティを保つキーワードが埋め込まれており、引用した第三者が情報を公開した瞬間に2ちゃんねるでは祭が始まる。そしてウィキペディアを引用した事を恥ずべき行為であると猛烈に非難し、情報を公開した者は言われ無き圧力に屈服して謝罪する事がしばしば見られる。ウィキペディアを利用した第三のエクストリームスポーツであるとする分析もある。

コンボによる闇魔法

分割依頼と削除依頼はそもそも、通常魔法であるが、これを巧みに利用することにより、闇魔法化する高等コンボである。

気に食わない記事を削除する方法~分割と削除依頼

  1. まず、適当に記事を節ごとぐらいで、可読性とか、一貫性が無いとかもっともらしい理由で、記事を分割し細分化する。
  2. その後、量も質も低い段階で「百科事典のレベル」に達していない記事だぁと言って、削除依頼に出す。
  3. 削除好きな方々10人ぐらいに投票をお願いして一週間後・・・
  4. バンザーイ、削除♪
  5. これを繰り返す

最近流行りつつある闇魔法―コメント依頼

気に食わない相手で、かつそれなりの者を50%ぐらいの確率で落とす呪文。コメント依頼。一見大したことなさそうな呪文だが、相手が強者であればあるほど、効果的である。相手の力を利用した呪文であるからである。

  1. まず、気に食わない相手の代表的な失点を10個ほど探す。
  2. コメント依頼で、どう思う?と皆に聞く。
  3. 皆が勝手に、それはあかんなぁと注意を与えてくれる。
  4. その注意を成果としてまとめる。
  5. 再び同じ行為を相手が行えば。
  6. 投稿ブロック依頼へとコンボ。

また、途中で暴言を吐き自滅する相手も多いので、かなり効果的な闇魔法である。

ウィキペディアン達の終わらぬ戦争

ウィキペディアでは日夜激しい論争が巻き起こり、それは「闘い」と形容してなんら差し支えないものとなっている。意見の食い違う利用者が現れた際、彼らウィキペディアンの脳内に「理解」「融和」「妥協」という選択肢は存在しない。自身と考えを異にする者は、その瞬間「敵候補」となり、ウィキペディアン達は臨戦態勢に入るのである。

意見の食い違う編集者とエンカウントしてしまったものは、まず相手を刺激しないように「対話」、もしくは「威嚇」「威力偵察」を行う。戦わずに自分の意見を通せるならそれでよし。しかし相手が引き下がらなかった場合に備えて、相手がどの程度の知能・話術・経験のある編集者なのかを見極める。そしてこの状況で「論争がおきずに事態が終結する」というケースはほぼ皆無であるといっていい。そのような場合は、はじめからどちらかの意見がよほど無理のあるものであった場合だけだ。

そして言わずもがなであるが、自身の意見や編集を否定されるという行為は、編集者にとってかなり腹立たしいものだ。なかには自身の存在を丸ごと否定されたような気持ちになるものもいるであろう。自身の編集は「自分というウィキペディアンの存在の証」。それを消される・否定されるということは、彼らにとって自分の命を脅かされることと同義である。つまりウィキペディアン達にとってウィキペディアとは息抜きの公共サイトではない。まごうことなき戦場なのだ。

しかし本サイト、アンサイクロペディアに置いてこのような傾向はまったく見られない。ノートでの話しあいはめったに見られず、利用者達の間に流れる空気はとても穏やかで弛緩したものだ。ウィキペディアが常時、内戦状態であるのに対し、ここアンサイクロペディアは隣国の戦乱などまるでどこ吹く風。凪の風情である。

ウィキペディアとアンサイクロペディア。共に辞書サイトであり、いわば異母兄弟の関係に当たるこの2つのサイトは、その趣をまったく異にしている。なぜか?その理由をウィキペディアンはこう答えるだろう、「アンサイクロペディアは不真面目なサイトだから」。たしかに一蹴できない意見だ。ウィキペディアがルールと規則でガチガチなのに対し、アンサイクロペディアの不文律はただ一つ、「面白けりゃ、何だっていい」。ウィキペディアンから見れば不真面目、適当に写るのも仕方ない。が、本質はそこにない。ウィキペディアとアンサイクロペディア。この二つのサイトにある、埋められぬ深い断裂。それは前者が「自分のためのサイト」であり、後者が「他人のためのサイト」だからだ。

ウィキペディアは良くも悪くも、「真面目」なのだ。よりよいものを、綺麗に丁寧に作り上げる。本人は非常に満足しているところに、「それはなんかダメだ、こっちにしよう」ともとあった自分の作り上げたものを叩き壊して作り直す、他人。いうなれば、ウィキペディアとは大きさが限られた公園の砂場なのだ。自分が作り上げた砂の城だからといって、その城をそのまま保存しておく権利は自分にはない。なぜならそこはみんなの砂場だからだ。言ってしまえば、彼らは独りよがりなのだ。編集者達の頭の中に、自分の編集を見る人間の存在はない。綺麗な城を作り上げて、自分が満足できればそれでいい。他人なんか関係ない。おとなしく観賞できないなら、それどころか自分の城を壊そうとするならば・・・。

『お前達など追い出してやる!!ここは俺の砂場だッ!!!』

これがウィキペディアンなのだ・・・。

それにたいして、アンサイクロペディアは他人のためのサイトだ。他人を笑わせ、他人を楽しませる。そのためのサイトだ。砂の城は自分だけで鑑賞して陶酔することが出来るが、いくら面白いネタを思いついても自分ひとりだけのコントショーなどつまらないことこの上無い。アンサイクロペディアとは、自分以外の他人がいないと成り立たないサイトなのである。自分は彼らを笑わせようとし、彼らが笑いで返してくれたならば、自身はもっと幸福な気持ちで満ち溢れる。笑いが笑いを呼び、幸福が幸福を呼ぶ。この上なく理想的な循環を生み出すのだ。

恐怖が悪意を生み、悪意が敵意を産み、敵意が殺意と暴力と死体の山を次々と膿んでゆくウィキペディアとは、裏腹に・・・。ウィキペディアンにとって他人とは、いつ自分の編集を脅かすかわからない外敵であり、自分以外の編集者はすべからく「仮想敵」なのだ。その戦いと悪意の連鎖から抜け出したくとも『自分の編集が改変されているのではないか?削除されているのではないか?』という強迫観念で利用者たちを縛りつけ、自身の編集を防衛するという大義名分の下、その防衛本能を巧みに他者への攻撃性へと転化させられる。だれあろう、ウィキペディアによって。

そう、ウィキペディアとは息抜きの公共サイトなのではない。善意の活動場なのではない。辞書ですらない。ウィキペディアとはそれらの体裁を巧みに取り繕った戦争拡大システムであり、ネット上に現出したまごうことなき地獄なのだ。

この煉獄に、今も多くの人間たちが囚われ続けている。そのシステムの外、ここアンサイクロペディアから、彼ら囚人たるウィキペディアンの住む世界を俯瞰すれば理解できるだろう。彼らが自身の意思を手放し、システムの悪意の流れに身を任せるまま争う醜さが。その悲しさが。『本当は傷つけたくなどない、理解しあいたい』。そう嘆く、彼らウィキペディアンの心の悲鳴が。そしてそれを消し飛ばすほどの、他者と世界へ向けた憤怒と怨嗟の絶叫が。

彼らを真に開放する手立ては、未だ存在しない。ウィキペディアンたちは救われない。彼らが自ら自身の心の醜さに気付かない限り、いつまでも。彼らの恐怖と憎悪の円還地獄はいつまでたっても終わらない。

ウィキペディアが滅ぶ、その日まで・・・

偉大なる管理者様

ウィキペディアの旧ロゴ。脳みそぎっしりのウィキペディア
ウィキペディアの旧ロゴ。脳みそぎっしりのウィキペディア

しかし考えてみれば、確かにウィキペディアの姿勢はアンサイクロペディアと比べて惨々たるものであるが、彼らの理念である「世界を堅苦しい表現にあふれさせること」に鑑みると、彼らの行為は全くおかしいものではなく、むしろ目的達成のための当然の行為であるとも言える。しかし、これは概要の冒頭でも説明したとおり、警察による捜査から逃れるためのカモフラージュに過ぎず、ウィキペディアの実態は管理者という名のヤクザが取り仕切る場所だと言っても過言ではない。その実態に相応しく各ノートの内容は誹謗中傷で溢れている。もはやウィキペディアはチンピラやゴロツキが社会への憎しみをぶつけるためだけのウェブサイトに成り下がっており、おまけに百科事典を自称している分、2ちゃんねる等の有害サイトよりも遥かに有害だ。ネット珍走族として誉れ高き2ちゃんねらーたちもウィキペディアを絶賛し、新たな犯罪活動の根拠地としてウィキペディアへの移住を開始している。

また、公正中立を謳っていて、誤った記事が削除されるという方針があるが、実際は削除されるどころか、白紙化されている。この事の何が問題かと言うと、削除せずに白紙化する事によって記事名が延々と存続し続ける為、hydeの身長は156cmのようにプライバシーを侵害する記事名が晒され続けるという重大な人権侵害が発生している点で大問題になっている。おそらく、ウィキペディアの管理者たちはこの問題点を分かっている上で白紙化を強行している愉快犯である。

さらに、ウィキペディアの管理者はウィキのいろいろな場所で相手の悪口を言っている。ウィキペディアには他人に対する中傷を禁止するガイドラインが存在するが、完全に死文化しており、この禁則事項が適用される例と言えば、管理者に対する批判を書いた者を「悪質な荒らし」として処分する場合だけである。

また最近では利用者のボイコットが相次いでいる。理由は管理者がウィキのいろいろな場所で他のウィキペディアンの悪口を言っているからである。利用者がボイコットしてしまうと管理者は次のウィキペディアンを探すために必死になる。しかし、誰も応じてくれないため、正常な利用者をもウィキペディアンにしてしまう。おそらく、ウィキペディアの管理者は利用者がボイコットする事を分かっている上で他のウィキペディアンの悪口を言っている愉快犯でもある。

利用者を相次いで強制ボイコットさせるウィキペディアの管理者たちは非常識な人間としか言い様がない。

ウィキペディアの存在不必要性

ウィキペディアは根本的な方針の一つとして、「すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければならない」という方針を掲げているが、これは甚だ不可思議なことである。

ウィキペディアによれば、この「中立的な観点」という項目に関して、うだつの上がらない烏合の衆が木の汁に群がる虫のように寄って集って記事の改変を行うことで保たれているとしているのだが、どれだけの数のユーザーによってその記事が改変を受ければ中立的な観点を持った記事になるのかが明言されていない。ここから、数学的帰納法によって、ウィキペディアの存在不必要性が証明できる。

例えば、ある特定の人物が「A」という主題を扱った記事(以降Aと表記)を投稿したとする。このAが改変を受けた回数は、現段階において1回ぽっきりであり、よってこの記事は中立的観点を持っているとは言えないことになる。また、ある特定の人物とはまた別個の人物により、テーゼに対するアンチテーゼの提示をもって記事が改変されたとすると、その記事はジンテーゼを生み出すことになり、ここでも中立的な観点を持った記事は生成されない。

1回の改変でも2回の改変でも中立的な観点を持ったAを生み出せないとするならば、任意の数k回及びk+1回の改変を受けてもAは中立的な観点を持ち得ない(そもそも日本人が日本語という言語によって表現すること自体が中立的ではないのだが)ことになる。つまり、塵は積もっても塵であり、うだつの上がらない烏合の衆はうだつの上がらない烏合の衆であり、運命の奴隷は運命の奴隷でしかない。

では、ウィキペディアが中立的な観点を持ったAを生み出すにはどうすればよいのだろうか。それには、Aが「0回」改変されればよいのである。即ち「無」こそが完全な中立であり、ウィキペディアはその存在自体が禁則事項でありかつ、ウィキペディアおれは存在をやめるぞ!ジョジョーッ!!しなければならない。つまり、ウィキペディアはその存在と根本的な方針によって自己崩壊を起こしていると言え、同時に、存在不必要性の証明が為されることになる。


ウィキペディアの文化

これは月じゃない……ウィキペディアはあまりにも大きくなり過ぎている!
これはじゃない……ウィキペディアはあまりにも大きくなり過ぎている!

ウィキペディアとは、基本的に百科事典の体裁をとったネットコミュニティである。

そこには、稀にしかいないが、単に情報を求めて検索サイトに引っ掛かってしまった善意の普通の人のほかに、編集側には「IPユーザー」と呼ばれる匿名の者や、荒らし人格障害者ヒマ人(職の有無は省く)・狂信者マニアオタク自称知識人(自称インテリ)と、また「自分の論文に丸写しする文章を求めて閲覧していたが、その記事内容に不満があった」ため論文そっちのけで記事の増強に勤しんでしまう学生や、出来の悪い学生の成績を少しでも底上げしたいと考えている教授助教授といった教育関係者(らしき人々)などが関与していると見られる。彼らは、その執筆行為が一文にもならないことを承知の上で、多くの時間を費やしている。

またあるいは、自社の不名誉な噂(ないし真実)が記載されていたため、上司の命令で記事の書き換えを行っている悪徳商法企業に勤務しているサラリーマンも関与している様子である。加えてコンピューターIT関連という今ではお荷物に過ぎない時代の虚栄に勤務する者が、斜陽を片頬に日長浴びながら、実質社内ニート(昔の名称で言う所の窓際族、社内失業者)の実態を隠蔽するために、毎日書き込みにいそしんでいる。

ウィキペディアと露出狂

ウィキペディアは露出狂の宝庫でもある。アクセスが多いことに目をつけてウィキペディアで露出を行う露出狂が後を絶たない。精液の写真や性器の写真が好例だ。ウィキペディアでは記事に関係のある写真であればいかなるものでも掲載は合法だ。そこに目をつけてウィキペディアで露出を行うことを考えた彼らは天才である。もちろん彼らに記事を充実させようと言う秀逸な思考があったわけではない。ただ見せたかっただけである。

ウィキペディアと盗撮

知らない内に、あなたが写った画像がウィキペディアに無断掲載されているかもしれない。
知らない内に、あなたが写った画像がウィキペディアに無断掲載されているかもしれない。

ウィキペディアには大量の画像も掲載されているが、その中にはウィキペディアンが無断撮影した物、即ち盗撮写真が数多く含まれている。既に盗撮魔の間では、「ウィキペディアは世界最高品質の合法的な盗撮サイトだ」と大評判になっており、業界の神様である田代まさしも「もっと早くウィキペディアに出会えたなら、違法行為に手を出すことは無かったのに」と語ってウィキペディアを絶賛している。

駅周辺や駅構内、イベント会場等において遠くから一人で黙々と無断撮影に没頭している人間を見かけたら、ウィキペディアに盗撮写真を掲載しようとしているウィキペディアンだと思って警戒したほうがいい。

ウィキペディアと病

これらの人々は、雑多かつ求心力を持たないことから、まるで纏まりに欠けた集団であるため、時に一つの記事を珠玉の名文に仕上げたかと思うと、同時進行で他の記事で、良心的な執筆者が時間をかけて作成した文章に集団で乱入して、台無しにしたりして過ごしている。これらはRFC 2795の「無限猿プロトコルスィート(IMPS)」によって成立している。

酷い場合には、アンサイクロペディアに掲載されているような、極めてヒューモアに富んだ記事を「悪ふざけとナンセンス」であると決め付け、削除(→[1])してしまう。

時折、同コミュニティに属する頭の固い人物(脳味噌の領域まで頭蓋骨である人物もいるらしい)の性格を、少しでも社会性を兼ね備えた柔軟なものにしようと、(ややお節介かも知れないが)様々な人間が記事の体裁や内容を変更すると言う形などで焚き付けたりけしかけているが、聞く耳を持たない衆愚により、ブロック(→アクセス禁止)を受けて駆逐されている。また無粋にもブロック依頼や記事の編集禁止を持ち出し、他の関係者を落胆させるプロ市民的な編集者も少なくない。

これと同時に、アンサイクロペディアでもしばしば問題となることだが、ウソを書く人(なおアンサイクロペディアに記載されている内容は、全て真実である)のために、記事の妥当性が損なわれる事である。このため、多くの執筆者が(給料も出ないのに、ご苦労な事だが)それらの訂正に忙殺されており、問題視されている。精神異常に落ちいる者多数。病気なのに、自分は健全と呼び、健全なものを病人と叫ぶ。ウィキペディアは実質、百科事典を詐称するサイバー精神病院である。

記事についての罵り合いが始まると、直ぐに「出典を明記しろ」と判で押した様に脊髄反射で書き込む者が現れる。特に気に喰わない修正に対しては、POV(主観的)ソースと叫ぶ気違い夏季に繁茂し、不毛な編集合戦が始まる。こいつらは誰にも頼まれていないのに雑草のように生えてくる。こいつらは誰も信憑性を期待していない記事 の編集に血眼になり、忘れ去られた廃屋(いや、隔離病棟か?)で空笑いしている。

なお、そのような精神異常者ほかウイキペディアンに毒され、おかしくならないためには、参加せず見て見ぬふりをすることも重要である。どうしても覗き編集したい、1回でも変人になりたい人(なお、この行為は条件反射的に連続してしまうので注意)は「趣味ページには介入しない」ことをお勧めする。

自分の趣味をひけらかすために介入したら最後病的なウイキペディアンになじられ、差し戻しノートでたたかれ、白紙化される可能性が少なくない。たいていの者は「ようこそ」などの「利用者のノート」にいきなり書き込まれ驚き退散するか、無言のリバート(記事差し戻し)など熱烈な歓迎に嫌気が差し、早々とウイキブレイクするのが定石である。なお、無言のリバートをした者の利用者ページを確認してはならない。たいてい変質者であり、利用者ページから強烈なマニアがすることが請け合いだからである。この時点でおおよそ9割がたの者は変質者にも劣ったかと凹んでしまう。また場合によってはあまりにもの凹みように「自分の利用者ページ」に「パスワード」を書き込むいわゆる自殺願望的村八分に及ぶ者も少なくない。

しかしながら、その時点で脱出したものは幸いである。徹底的に抵抗した場合は、ウイキペディアンになってしまうか精神異常者になってしまうかのどちらかである。この文を読んでいる良い子のみんなは崖っぷちを覗くような真似をしないように!

このサイバー精神病院の病床は慢性的に不足しており、常に300%以上の混雑率である。連休最終日のJR特急の自由席よりも混雑している。本物の精神病院ならばウハウハものであるが、健康保険が利かない上に誰も治療費を払わないので、財政が逼迫し、いつ倒産するか判らない。ウィキペディアは自らを慈善事業と思い込み、善良な一般人を巻き込んで寄付を要求するが、その試みは常に失敗し、その一般人をも入院患者にしてしまう。そう、ウィキペディア自身がこの病気を患っているのである。このサイバーカルトが百科事典を名乗る以上、巻き込まれる者は後を絶たないが、この問題点について、世間は見てみぬふりをしている。世間にはウィキペディアに巻き込まれない様に、本当に百科事典として利用できる極めて賢明な者が少なからず居る様だ。

他の側面

ウィキペディア本部 - 数多の緑溢れる星々を破壊してきた
ウィキペディア本部 - 数多の緑溢れる星々を破壊してきた

インターネットでは、関与する機材が、常に最新のハードウェアに置き換わる事で、その利便性が全体的に向上すると考えられている。このため、インターネット上のボトルネックをより高速なものに替えさせる社会的圧力を発生させる、単に大きいデータ(一つの巨大な容量サイズを持つファイルといったものの他に、参照量の多いコンテンツを含む)は歓迎されている。これはその内容が、例え冗長であっても、参照量さえ大きければ問題にされない。

このため「便所落書き」と筑紫哲也西和彦などの著名人に揶揄されながらも、依然存続している2ちゃんねると並んで、ウィキペディアはアニヲタ・エロゲヲタ・鉄道ヲタ・バスヲタ・歴史ヲタの無駄できんもーっ☆な戦いの為に間違った情報量の多さや、社会に憎悪と混沌をもたらした事をもって危険視されている。ただ近年では、ウィキペディア自体のサーバー処理能力がしばしばボトルネックとなっており、これの置き換えが望まれている。しかしほとんどもののが寄付に応じないため、(応じられない:勤務実体がなく、失業者か無職者、忌業者がほとんどで、金銭的余裕がないものがほぼ全員)資金的にハードへの投資は絶望的。執筆者が増えるに反比例して、俺たちが情報量を多くしてやってるんだからサーバー代くらい払わないのが当然と開き直ったウィキペディアンばかりなので、寄付は皆無に等しい。以上の理由から、時代遅れになることが目に見えている。まるで新潟県に嘗て生息していた鳥のようである。

宣伝サイトとしてのウィキペディア

公にはされていないが、実際にはウィキペディアは宣伝サイトである。企業、商品名、タレント、学校、宗教団体など、固有名詞に関する記事には全て都合のいいこと以外を書いてはならないという暗黙の了解が存在する

もしこの暗黙の了解を破ってその企業や学校等の問題点を書き込めば、それはたちまち消去され、都合のいい記述に書き替えられてしまう。あなたはそれをおかしいとノートページで反論したところで、結局は民主主義という名の数の暴力に屈することになるだろう。

この項目には発売予定の新製品、提供開始前の新サービス、または放送開始前の番組や公開前の映像作品等に関する記述があります。Wikipediaは宣伝サイトです。都合の悪いことは書いてはいけません。性急な編集をせずに都合の良い部分だけを都合よく記述することを心がけてください。

↑ウィキペディアの警告テンプレート

2007年に献金を募る際に使用されたキャッチフレーズ「あなたのご協力のもと、Wikipediaが世界を変革します」とは、「ウィキペディアをロビー活動の場とし情報の流布による世界革命に利用してください。但しお金を払って」の意であり、思想の宣伝サイトである事をも明確としている。

関連項目

海外安全情報
ウィキペディアの「ウィキペディア」周辺は治安が悪化しているため、渡航の延期をお勧めします。
ユーモア欠落症患者のために、ウィクショナリーの語学ヲタクたちが「ウィキペディア」の項目を執筆しています。

外部リンク