インテリ (インテリゲンチャ)

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インテリ (インテリゲンチャ)とは、非差別社会階級である。

概要[編集]

日本語では「知識階級」とも訳され、字面だけを見て上層階級扱いされることも多いが、実際には「お勉強しか出来ないバカ」或いは「知識しかない世間知らず」を指す。文武両道と言うように、文(知)を極めるには武(体力)が、武を極めるにも文が不可欠であるのだが、それが成立せず文だけを極めようとしている「自称エリート」に対して使われる事が多い。

かつては技術力や情報速度の未発展により、彼らは「生きた百科事典」「人力Google」として社会の役にたつ存在であった。が、人間の何億倍もの速度で演算を行うスーパーコンピューターや百科事典数万冊分の情報を納められる超大容量データベースの開発により、どんなインテリも「所詮は人間」として役割を果たせなくなってしまった。そして人間の価値は「発想力」「構成力」に片寄ってくるのだが、インテリ達は記憶と記録に特化しているため新しいものを生み出す能力に欠けていた。

それにより高度情報化社会におけるインテリはしだいに社会の御荷物となっていった。それでも彼らは能力はあるのだから、社会の中で居場所を見つけて潜り込めば良かったのだが彼らは「知識がある者は偉い」という古典的思考から抜け出せず(新しいものを生み出す能力に欠けているからである)、自分たちはエリートであり理解しない連中が愚かであるという思考へと逃避していき、仲間内で傷を舐め会うばかりの「単なる御荷物」に成り果てたのである。その後彼らは「とりあえずおだてて距離を置けば、直接的な被害はない」ということで形だけエリート扱いされ、実際にはそのまま「エリート専用」という名目の隔離状態におかれている。彼らがそれに気付くのは、いつの日になるのだろうか。

インテリが陥りがちな行動[編集]

頭脳労働以外を徹底的に見下す
とにかく肉体労働を蔑視し、デスクワークでさえ手を使うので快く思わない。彼らにとって至上労働は、頭脳以外使わず大金を儲ける詐欺なのである。
特殊詐欺を始めとして、諸々の詐欺行為の多くにインテリが関わっているとされている[要出典]
徹底した学歴差別
国立大卒以外は人に非ず、私大はで高卒以下はバクテリア、というような事を平気で言う。また拗らせると「(自分が入試をした)年度は特に難しかったから、他年度より格上」などと支離滅裂な話をし始める事も。
大学へ行ける人間が極めて少なかった20世紀前半ならまだしも、大学全入り時代に大卒自慢が通じると思い込む事自体が彼らの発想力が貧困である証左である。
頻出する責任転嫁
話が下手で通じないにも関わらず「バカ相手だから伝わらない」と言ったり、間違った答えを出しておいて「設問がおかしいから回答出来ない」などと言い出す。
彼らは「エリートである自分は間違わない。悪い結果はすべて他人のせい」と本気で信じている。本当は逆ではないだろうか。
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似て異なるもの[編集]

このインテリ(インテリゲンチャ)と混同されるものに、「インテリジェンス」がある。これはドイツ語でなく英語で、優れた知性を持つ人間やシステムを指す単語となっている。これはどちらかと言えば誉め言葉であり、多くのインテリ(インテリゲンチャ)はこちらの意味でインテリと言われたのだと勘違いしているが、実際にはインテリゲンチャと呼ばれているのである。

ざっくりと言うと、知識や知力を社会の役に立て世の中に貢献するのが「インテリジェンスな人」で、単に知識自慢するだけの自己満足なのが「インテリゲンチャな人」。どちらで言われているかは、相手の口調や視線などから推察するしかないが、常に自分を客観的に見る癖をつけておけば混乱を避けられるだろう

関連項目[編集]