イビチャ・オシム

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イビチャ・オシム(Ivica Osim,本名 イヴァン・オシム, 1941年5月6日 - )は、ボスニア・ヘルツェゴビナサラエボ出身のサッカー選手。指導者。元サッカー日本代表監督。通称「オシム」「オシシ仮面」「オージー」「ツンデレ爺さん」。論理的なサッカーを目指すが、言ってもわからぬ馬鹿ばかりに失望し、脳梗塞の振りをし監督を辞めた。

人物[編集]

お茶目な顔をするイビチャ・オシム氏

東京五輪で来日。代々木公園自転車を借り、サイクリングをした途中農家の方からをもらう。オシムはいたく感激し、日本を第二の故郷にしようと考える。2003年にはレアル・マドリードTSV1860ミュンヘンヘルタ・ベルリンよりビッグオファーが来るも、日本に感謝をしたいという一心より、ダメ元でオファーしていたジェフユナイテッド市原・千葉の監督を選ぶ。

ジェフ千葉では「走るサッカー」を掲げ、全選手は監督の指導の下、来る日も来る日も走り続けた。多い日には100キロ以上走ったという。その努力が実り、チームはヤマザキナビスコカップで見事に優勝を飾る。また、記者たちの質問に対し質問で答えるなど、ウィットに富んだ発言を多くしていた。そこにお金の匂いを感じたある人物はオシムの語録である「オシム語録」を出版する。彼にとってこのことは自分の中二病ノートを出版されるようなもので非常に苦痛だった彼は監督を辞めようとも思ったという。

そんな中、選手変えない主義のジーコの代わりに日本代表監督として白羽の矢が立つ。当時の日本代表は譲り合い精神の下、世界に無様な姿をさらしていた。そんな根性を1から叩き直すためにも厳しいオシム監督が選ばれた。当時の日本はジーコにはいい加減失望していたためジェフ千葉のサポーター以外は大賛成であった。川淵三郎の熱いアピールで代表監督になることを決め、ジェフ千葉の監督には息子のアマル・オシムが選ばれたがその指導は目に余るものだった。

お菓子大好き伝説[編集]

お菓子を物色するイビチャ・オシム氏
  • 子供の頃、親戚にバースデイケーキを買って貰い嬉しさのあまり友達に見せびらかしにまわる。見せびらかす度に少しずつ食べられた為、自分が食べる前にケーキが全てなくなってしまい凹む
  • 奥さんとの定番のデートコースはケーキ屋。ちなみにプロポーズした場所もケーキ屋
  • アルビレックス新潟の監督をしていた反町亀田製菓のお菓子を貰い喜ぶ。これにより反町はオシムと打ち解けることに成功したらしい
  • 「このお菓子持って帰ってもいいですか?」
  • ときどきお菓子を買っている(食っている)ところをサポに目撃される。コンビニでアイスを買うことが多いらしい
  • 食べ物を買うときの表情は常に真剣で、選ぶのに何分も立ち止まる
  • オールスターの監督をやっていたとき、試合中に何かを食べていた
  • 川崎の試合を視察中、煎餅を食べていると中村憲剛がスーパーゴールを決める
  • 代表のスタッフ会議にスタッフ全員分のケーキを買って現れ、それを嬉しそうに食べる。その様子を見た反町がずっこける
  • 「冷たくなければアイスではない」
  • お菓子だけでなく果物デコポンスイカなど多岐に渡る)も好物。要は甘いものが好きらしい

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「イビチャ・オシム」の項目を執筆しています。
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イビチャ・オシムが放った発言は、後世の物好きのために、有志たちによって「Unquotable/スポーツ選手」へ収録されています。


シコれペニス メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の記事加筆せねばならぬと決意した。
メロスにはユーモアわからぬ。メロスは、暇人である。
記事を見て、ニヤニヤして暮して来た。けれどもダメな記事に対しては、人一倍に敏感であった。 (Portal:スタブ)