アンサイクロペたん

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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正式イラストを検討しています。

アンサイクロペたん(Uncyclope-tan)は、アンサイクロペディア擬人化キャラクター(公式)である。

歴史[編集]

アンサイクロペたんは、2006年1月にある利用者の脳内で行われた「アンサイクロペディア・マスコット投票」にエントリーされていることから、それ以前には妄想されていたものと思われる。

妄想の原点は一説には「ふたば☆ちゃんねる」であると言われているが、定かではない。アンサイクロペディア・マスコット投票期間中の2006年1月5日、において、27の別人格の1人が「アンサイクロペたん」というマスコットを作ればどうか、と提案したことをきっかけに、1月8日にそれとは別の人格が「ふたば☆ちゃんねる」に最初の画像を投稿しようと構想だけして実行しなかった、この後にまた別の人格の手によりアンサイクロペたんの画像が脳内に登場したと見られる。

2006年6月頃、アンサイクロペディアのサイトに「その他の擬人化」として登場する予定だった。同時期、英語版アンサイクロペディアにおいて、マスコットキャラクターとして採用され、アイコンになって欲しいと希望している。著作権とかそういう問題以前にウィキペディアに対抗できればそれでよいと考える大多数のアンサイクロペディアンによってオリジナルキャラクターにしたいとする妄想が膨らんだが、アンサイクロペディアにおいても重要人物である某利用者が「オレは協力しねぇ」を態度で示したために混乱に拍車がかかることとなった。

アンサイクロペたんの出展は明らかであるはずであるが、正式に文書が作成されているのは2017年現在、日本語版と英語版中国語(繁体)版のみである。ただし中国語(繁体)版では、アンサイクロペたんをテーマとした短いページに加え、ある利用者の利用者ページにて日本語版と英語版の動向が紹介されているが、それ以上の広がりは見せておらず、よりつっこんだ議論は日本語版と英語版に限られる。

正式に議論が開始されるのは、日本語版においては2006年12月9日からであったが、その後2ヶ月にわたってダラダラと意見が交わされ、その後も結論はズルズルと先延ばしにされてなおも議論が続いていた。一方、英語版は日本語版に後れること22日、2006年12月31日にフォーラムが立ち上げられるが、クリスマス休暇にヒマを持て余したアメリカ人たちが一斉に殺到した後、1ヶ月の経過を待たず翌年1月27日以降放置されており、それぞれの国民性がよく表れている。

2017年10月現在も、両国語版において正式なイラストは未だに決まっておらず、もはやほとんど黒歴史になりつつある。もっとも、「黒歴史の記事を充実させるために自ら黒歴史を生み出す」というのはこれ以上ないほどに優れたジョークである。そのため、むしろこのまま正式イラストを決定させない方が、(いささか自虐的ではあるものの)ユーモアに溢れたアンサイクロペディアとアンサイクロペディアンらしいとも言えるだろう。

アンサイクロペディア外での利用[編集]

フザケンナ、コノエロヤロウ(直訳:アイドルはどこにでもいる) 又は、 あるわけ無い。

ギャラリー[編集]

もちろん作れるわけがない。というか面倒なので作りたくない。 ちなみに英語版には存在する。

呼称[編集]

日本語版においては上記の通り、「アンサイクロペたん」という呼称が一般的である。これは「ウィキペたん」からの連想であることは容易に想像できるが、やはり日本語の擬態語である「ぺたん」との類似点が日本語話者の感性にあうからであろう。

一方、英語版では「Uncyclopedi-tan(アンサイクロペディたん)」「Uncyclo-tan(アンサイクロたん)」といった呼称が一般的である。英語版においてもウィキペたんは「Wikipe-tan」と呼ばれることを考えると、これは大変に興味深い現象であり、両国での「音」に関する感性の違いを端的に示している可能性もあるが面倒くさいので誰かむこうの人に聞いてみて下さい。

各国語版での動向[編集]

関連[編集]

Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「アンサイクロペたん」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
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アンサイクロペたんが放った発言は、後世の物好きのために、有志たちによって「Unquotable/アンサイクロペディア」へ収録されています。