アイヌ民族自治区

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アイヌ民族自治区(- みんぞくじちく)とは、東北海道に位置するアイヌ民族自治区である。

概要[編集]

アイヌ民族自治区は東北海道に存在し、アイヌ民族が自治権を持つ特別自治区である。第一公用語アイヌ語、第二公用語が日本語と定められており、自治区全域でアイヌ語振興運動が繰り広げられている。しかし、大日本帝国同化政策により、実際は日本語しか話せない住民が九割を超えている。また、アイヌには文字の文化が存在しなかったため、公式な記録はすべて日本語が用いられている。教授言語は日本語の時間以外アイヌ語にすると定められてはいるが、高等教育に必要な語彙を待たないため現実にそれを守っている所は何処にもない。

住民はアイヌ人78パーセント、和人21パーセント、その他1パーセントとなっているが前述の通りアイヌ人であってもアイヌ語が話せない人が殆どなので、実質は九割以上の住民に日本人と文化的な違いが存在しない。

歴史[編集]

アイヌ民族は日本東北地方から北海道、千島列島樺太一帯に古くから先住する民族であったが、大和朝廷以降、西日本を中心に活動していた和人が東北に勢力を伸ばすのに従い、アイヌ民族を蝦夷(えみし)と呼んだ。

室町時代になるとアイヌ民族は本州を追われ、生活圏を北海道にまで移すことになる。和人は渡島半島南端に松前藩を築き、本格的にアイヌ民族を迫害しながら不平等な交易などの搾取政策を行う。江戸時代には、不平等交易への不満と聖地である北海道を守る為、アイヌ民族による武装蜂起が度々発生し和人との対立を深めてゆく。

アイヌ民族は敵対していた和人に比べ、圧倒的に数が少なく軍事レベルでも大きく溝を開けていたが、聖地・北海道では、自然物が持つ意思であり神に等しい存在であるカムイ(神威)に通じ、自然の力を利用したり鷹や狼などの動物を使役する格闘術により、自然を汚す悪い人間たち(和人)に大自然のお仕置きを与える戦法を使い、辛うじて均衡を保ってきた。

1669年(寛文9年)6月には、アイヌ民族の勘違いが元で、空気を読めなかったアイヌ民族の首長・シャクシャインが何故か怒り出し、日ごろの鬱憤を晴らす為シャクシャインの戦いを起こす。なお「シャクシャイン」は首長の名前ではなく、首長が用いる太陽のカムイの力を借りた必殺技「SHOCK-SHINE」から来ているのではないかという説も存在する。戦いは、シャクシャインが松前藩に毒殺され、本拠地が制圧されたことにより決着が付き、以後、和人の圧倒的に有利な立場が決定的になる。

1857年(安政4年)北海道制圧と対露防衛の拠点とするため、東洋風水西洋魔術の理論体系を取り入れた城塞五稜郭を建築し、アイヌ民族が使用するカムイの力を封じる事に成功する。明治維新後、大日本帝国による屯田兵などの同化政策によって徐々にアイヌ民族は数を減らしてゆき、ついには和人と同じ日本人として扱われることになる。

太平洋戦争以降、アイヌ民族は完全に日本人として生活するようになったが、平和を取り戻したことで正しい思想が蔓延し、アイヌの生活に戻ろうという懐古主義がアイヌの血を引く日本人に流行する。そして、五稜郭の魔術的影響を免れた北海道東北部に存在した日本人に同化していないアイヌ民族の地に押しかけ、自治権を主張し、アイヌ民族自治区が成立した。

関連項目[編集]