やしきたかじん

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やしきたかじん(本名: 家敷隆仁、1949年10月5日 - 2014年1月3日)は、日本ヤクザ味の素コレクター。「幽霊的存在なアニソン歌手」としても有名。京都府生まれ、大阪民国出身。

概要[編集]

趣味は刺し棒と味の素の収集[1]。テレビに出演する毎に損傷させてしまうため、専属の刺し棒と味の素職人を547人抱えている。光沢·長さ·強度など、刺し棒と味の素に対するこだわりでは右に出る者はいない。

自分が作った歌があまりにも売れない為、仕方なくギャラの低いテレビの司会と味の素の収集をやり始め、天涯孤独の生活を送る破目になったというこれまた普通の家庭事情を抱えている。ヒマがあればハワイに行くという、霊長類、覚えといてや。

趣味は刺し棒と味の素の収集以外に、大物芸能人をいじること、ネタ収集のためのテレビ(特にドラマ)番組視聴(本人の発言によるとハードディスクを10台所持)。 好きなアニメは機動戦士ガンダムだが、主題歌を引き受けたことは今でもトラウマになっているらしい。

歌手なのにトークがうまくそこらへんの芸人よりおもしろいと評判である。また味の素をこよなく愛することでも有名。歌手なのにまた、平気で放送禁止用語を発したり、味の素を食べたりと普段の声と歌手の声があまりにも違うため、島田紳助に「愛を歌うやくざ」、ファンからは「鈴虫の声をもったゴキブリ」「シンガーソングやくざ」、「味の素愛好家」と呼ばれている。また有吉弘行からは「奇跡のチンピラ」という称号を授かった。

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実は1971年に「娼婦和子」でデビューしたが、それが近親相姦の歌だったため即廃盤にして五年後の1976年に「ゆめいらんかね」を「新デビュー曲」としてリリース。新デビューって何だ、振り向かないことか。ちなみに「砂の十字架がメジャーデビュー曲だが、アニソンなので経歴から消したがっている」というデマが一時期出回っていた。頭の固い辞典によれば「当時鳴かず飛ばずのたかじんを担当していたディレクターが、キングレコードの部長に涙ながらに土下座し、たかじんにレコードを出す機会を与えるよう直訴した。その結果、キングレコードは発売の条件として、たかじんに『機動戦士ガンダム』の主題歌を歌うよう指示」したらしいが、当のwikipediaの記事を見ると「テレビ時代劇『柳生あばれ旅』主題歌」だの「大阪大衆音楽祭グランプリ受賞曲」だのと結構な人気歌手だったように記されている。そもそもデビュー10年目に出した8thシングルなのだが。


少し前までは全国各地で定期的に独演会を行なっていたが50歳を過ぎてからは減少傾向にあり、2009年の還暦記念独演会を最後に行われていない。なお本人はいまだに「自分は歌手である」という自負を持っているためか、独演会にかこつけて、持ち歌もついでに10数曲程度歌うスタイルを基本としている。しかし観客から「歌はCDで聞くから面白い話して」と言われたことがあり、そのときは2 - 3曲しか歌えず残りの時間を全てトークに費やしてしまったらしい。

なお、よみうりテレビたかじんのそこまで言って委員会たかじんの味の素はどこじゃ委員会、宮根誠司が司会を務める情報ライブ ミヤネ屋を放送しないのは、彼の強い要望からであるが、橋下徹の説得により、ミヤネ屋については2008年3月31日に日テレでもネット受けを開始した。

脚注[編集]

  1. ^ テレビ番組で料理企画を放送していたが、その際大人の事情で味の素が用意されていなかったので「赤いシャッポの味の素がないと出来ないの!!」とたかじんが怒った所、後日たかじんの楽屋に大量の味の素が届けられてしまい、後に引けなくなった事がきっかけ。


関連項目[編集]

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