立ち枯れ日本

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「たそがれ日本? 立ち枯れ日本?」
たちあがれ日本 について、渡辺喜美
「日本は倒れたままなのか」
たちあがれ日本 について、セガ
「赳夫と馨は、複雑怪奇」
たちあがれ日本 について、平沼騏一郎
「老害どもが出しゃばり始めた。もう私の手には負えない」
たちあがれ日本 について、オスカー・ワイルド
この記事は少子高齢化の象徴です。
お年寄りに席を譲りましょう。

立ち枯れたちあがれ日本(-にほん)とは日本のおちゃらけ政党の一つである。またの名を「老人新党」という。2010年に設置された老人たちの最後の幻想または最終埋立処分場だが、たった2年で放棄されてしまった。埋立地の入口から見て右手にあるのがたちあがれ日本。左側には新党改革が所在する。

概要[編集]

たちあがれ日本を立ち上げたけど、やることが国会で無いのでとりあえず寝てみる先生ら。

2004年にライオン純ちゃんから党を追い出された、ヒラヌマさんヨサノさんが「あの、誰だっけあのほら、あの人だったらダメじゃん。なんか。」「それならワシたちが作ったらいいじゃないか」という訳で作ったのだが、平均年齢が69.6歳と年寄りが多く、更に考えが違う人たちが集まるなど結党当初から危ない雰囲気を醸し出している。

党名[編集]

ネーミングセンスのない老人達しかいないので党名に「自由老人党」だとか「まったり逝こうぜ党」、「ワシら陽気な政治家ボーイ」などセンスのない党名を名づけようとしたところ石原さんちのお父さん(2010年時で77歳)が「おまいら、ネーミングセンスがねぇな。最近はひらがながはやっとるで、『みんなの日本』でいいんじゃねぇか。」と言ったがさすがに与謝野氏も馬鹿ではないので「それじゃあの党と被ってしまいますよ。」といった所、石原氏が「おら、帰るでな。みんなでやっどけよぉ」と言って立ち上がった。「これだ。『たちあがった日本』」と平沼氏。「もう立ち上がってちゃだめでしょ。立ち上がれでしょ」と店員さん。こうやって党名が決まったが要約して言うと、「店員さんがつけた」ということになる。これだからダメと言ってるのに…

なお、「たちあがれ日本」と言う名前は、あくまでも略称であり、正式名称は「勃ち上がって障子を突き破れ日本チンボ*」。 この正式名称は、命名者である石原慎太郎の小説「太陽の季節」の名シーンと、「日本沈没」のパロディである「日本チンボ*」(ユーラシア大陸が巨大な生物であり、日本列島は、その生殖器だったと言う内容。作者は、横田順彌)に由来する。 また、「年齢的に無理っぽいけど、せめて、死ぬまでに一度くらいは、息子が勃ち上って欲しい」と言う党員一同の、せつない願いも込められている。 他の候補では「まあ座れ日本」「茶でものんでけ日本」「もう帰んのか日本」「おめえも席のあったまらねえ野郎だな日本」「いつでも寄っていけ日本」なども候補にあがったとされたが、要は名前なんかどうでもよかったし、誰も興味がなかった。英文名称では「勃ち起きろJAPAN」。  目標としては「半民主党」「巨神兵復活」「世界再編」なんてあたりを掲げている

党員[編集]

今後、入党の可能性がある人
平沼赳夫(-ひらぬまたけお)
元幽聖大臣・計算大臣。小泉さんと争って党を出て行った。その後、病気になったが誰にも注目されず死んでも誰にも注目されない物だから復活した。影が薄いくせに昨今の選挙では勝っている。いつ立ち枯れてもいいように酷暑の中でもスーツにネクタイを着用している。養父が実は元総理大臣だった。しかし戦犯として真っ赤サーにつかまった。本人はなかったことにしてるみたいだがあったことは仕方ない。認めよう。
「蓮舫議員は元々日本人じゃない」と公言するほど愛国心旺盛であり、嫁が元々検閲により削除検閲により削除という理由で鳩山邦夫の結党参加を拒絶した。
執務室に東郷さんのポスターを貼っている麻生のマネをして、党役員室に東郷さん直筆の掛け軸(皇国興廃在此一戦)を飾っている。
生長の家を信仰し、腐敗の家を批判しているため、政治団体・悪貨は良貨を駆逐するが暗殺をしようとしたことがある。しかし、池田大作に「爺はほっとけ」と言われたので「人の事いえんだろ」と内心思いつつ中止した経緯がある。生長の家みたいだけどなんとなく憲法違反しているような気がする政党大川隆法に忠誠を誓うか調査中。
決め台詞は「抹殺するぞ!!」。
片山虎之助(-かたやまとらのすけ)
2010年参院選での唯一の当選者で、かつての参院自民党のドン。3年前に退治されてしまったが、その姫が「ぶってぶって」と散々な目に遭ったのを好機とばかりに復帰を画策。一時は自民党から公認されたものの、党執行部からお荷物認定されてこの件は無かったことにされてしまった。結局、同じ老人同士ということで立ち枯れたちあがれ日本から再出発することになった。
園田博之(-そのだひろゆき)
親父は元外務大臣で某「あなたとは違う」男親父とも親しかったが、親父が死んで跡目を「餓死防衛同盟」公認の継母と争って手に入れたことで知られる。なお、議員になる前は食品会社の労働組合で委員長を務めた前歴があり、新党さきがけの結党に某ムーミン親父某民権論者などと参加して離党したこともある。が、何時の間にか復党し、今回又もや離党することになった。
藤井孝男(-ふじいたかお)
父親は新日本製鉄の副社長という御曹司。かつて自民党の総裁選に出てあわよくば総理大臣になっていたかもしれないことなど国民の誰もが忘れている。平沼と同じく元幽聖大臣で小泉さんと争って党を出て行ったとこも一緒だが、こちらは選挙に落ちたり一度は政界復帰のため尻尾を振って舞い戻ったりするなど、腰が定まらない。だが、誰も気にしない

以上五人の議員を擁するしていたが、後述するが如くドサクサに紛れて一人逃げ出してしまった。それで政党の要件を満たせるかなんてことは誰も気にしない

当選すらしていないのに喜んでいるバカ

裏切り者[編集]

与謝野馨(-よさのかをる)
元罪無大臣。エル・ア・カンターレ一派から余命半年(総選挙、概ね半年後にご帰天)と宣告されたのにまだ生きている。又吉イエスにさんざん「腹を切って死ね」とも言われたが生きている。声がしわがれているので、誰かに喉をつぶされた物とみられる。2009年の総選挙で幾度となくしゃがみ込んだので、党名は「たちあがれ与謝野」というメッセージにかけているとも解釈できる。本業は囲碁、PC自作、カメラ。投票のボタンなどを引っこ抜いて持って帰り囲碁に使うのも好き。とにかく好き。祖父母の一人がああ君死にたまふことなかれな人である。
親しい友人からはカヲル君と呼ばれているが、タブリスでなければダブリスでもなく誤ってもダブリンではない。なお、今回の結党に参加したのは、酸素吸入療法を始めてから急にアーン♥♥が元気になったから、という説が報じられている。
経済財政担当大臣のポストに釣られカンチョクト内閣改造のドサクサに紛れて何の臆面もなく離党し民主党の犬に成し遂げていた。今度は逆に萎えてしまったからではないかと言われる。仙髄にカンフルエンザが感染した可能性が高い。もしくは呂布が乗り移ったとも。

2010参議院議員選挙候補者[編集]

当選者[編集]

片山虎之助(-かたやまとらのすけ)
党員の項目を参照。

落選者[編集]

以下、全員落選しました。よって、平均年齢は下がりませんでした。

中山太郎(-なかやまたろう)
1924年8月27日生まれの元害無駄偉人。8歳年下の弟・正暉はとっくの昔に倅の泰秀に跡を継がせて隠居しているのだが。
中川義雄(-なかがわよしお)
飲んだくれの叔父。甥のほうが先に死んでさぞかし悲しいだろう。そこを付け入られて結党に参加した。よしおとは言えブーメランパンツを穿いて一発芸をするなんてことはないかもしれない。次の選挙で当選するかどうか不安だが取り敢えず比例代表に出馬を表明。しかし、長男の賢一はみんなの党から北海道選挙区に出馬。父子が別々の党から出馬することに悩んだ末にこんな老人党から大事な倅を出馬させられるものかとみんなの党からの出馬を薦めた自分が結局身を引いたと伝えられる。えっ?結局出たの!?落ちたけど(ワラ
中山成彬(-なかやましげあき)
大蔵官僚から政界入りした日教組恐怖症のおっさん。そのため国土交通大臣に就任した際にも日教組恐怖症が発症してしまい、僅か3日間で辞任に追い込まれている。地元・宮崎県でもお騒がせ男として知られ、一時はそのまんま東の向こうを張って候補者を立てるも自民県連の主流から対立してしまい、その当人が今度は自分の選挙区から出ると知るや今度は知事になったそのまんま東と組むという無節操ぶり。このため、地元からは総スカンを食らいまくりだった。
今回の選挙を前にも一緒に入党している。北朝鮮による拉致問題を利用しているとも、夫の病状を見かねたが故の介護が目的だとも言われている。
中畑清(-なかはたきよし)
いわずと知れた讀賣の絶好調男。「ワン公なんて人間じゃないよ、日本人じゃないんだから」、「ワン公の野郎、何が世界の王だ、高々マージャンでムキになりやがって」などの発言で知られている。人気、知名度だけでタレント候補を擁立する他党とは一線を画する人選が行われている。
藤井元気厳喜(-ふじいげんき)
都の西北を出てアメリカに渡り、ハーバード大学に籍を置いた後、コンサルタントに。しかし何故かハーバードを名乗らずにケンブリッジ・フォーキャスト・グループと名乗ったのは、何かぴーでもあったのだろうか?
以前は本名の藤井昇でラジオ・パーソナリティーや就職ジャーナルでの時事講座連載をしていたが、どっかのヤル気ゲンキオバサンにあやかって改名して以降は保守派論客としての活動が中心となっている。どういう訳だか、少し前に国家破産とか煽っていたり、永久に償還されない借金で財政再建せよとか言っていたのだが、最近ではドンと来い!大恐慌と途端に日本が世界経済をリードするとかどっかの赤字神張りの主張をするなどぴー
とある人物に罵詈雑言を浴びせられ一躍時の人に。
岡佑樹(-おかゆうき)
平沼直系の若手で自称「B'z稲葉」似のイケメン。当選すれば平均年齢が6歳下がるとのことで擁立されたが、落選。その後徳島県議に当選を果たしたものの、徳島市議を務めていた親父が祖母の生活保護で食っていたとかで議員を辞職したとかお察し下さい
杉村太蔵(-すぎむらたろーいぞー)
同じく平均年齢低減要員。小泉チルドレンとして一躍脚光を浴び、デビュー以来彼方此方でネタ提供に余念が無かったが。さすがにあれだっただけに、昨年の総選挙では不出馬。ニートだったが、以前与謝野先生にケツを貸した関係で拾われた。
公明党員の巣窟中野駅街頭に、立ち枯れ党らしく、年寄りをイメージさせるツルッパゲで颯爽と演説。「謹慎中30冊の本を読んだ(から知識は万全になった、といいたいらしい)」と豪語し、顰蹙を買う。やはりタイゾーはタイゾーのままだった、ということを晒し党のイメージダウンに貢献している。
周りのチルドレンは当選する中、自分ひとり当選できず結局NEETのままである。

略称問題[編集]

たちあがれ日本が参院選の比例代表で使用する略称を「日本」(にっぽん)とすることを決め、東京都選挙管理委員会に届け出たところ、暴走老人の後輩にあたる作家風情が、悪意ユーモアセンスから先回りして略称「日本」を使用していたことが判明した。

その結末[編集]

「全くいりません」
たちあがれ日本 について、橋下徹

日本が政情不安になると必ず噂が出る石原新党2011年の暮れから平沼と、石原慎太郎亀井静香が新党結成に動き出した。民主党自民党の保守系議員にも働き掛けて70代~80代70~80人規模での結成を目指した[1]ものの、流石にこんな面子とやっていっても次の選挙で自分が落ちる可能性が限りなく検閲により削除ので、結局太陽の党と看板を掛け替えるにとどまった。とは言いながら、その仕掛け人となった暴走老人だけは一人大はしゃぎだったそうだが。

結局、民主・自民の保守系議員に働き掛けて新党を結成するというのは元・金髪弁護士の大阪市長現実のものとしてしまい、同じ大都市のトップ同士馬が合ったのか石原もこれに乗ろうと画策。かの橋下も前言を翻して頭数が増えるならメッケものとばかりに、太陽の党結党から僅か3日目で全員が日本維新の会の軍門に下り一人暴走老人だけは橋下と一緒にツートップを飾ることとなった。

なお、2010年参院選で政党要件を満たしたことで得られたお小遣いは、太陽の党に看板を掛けかえても貰え続ける資格だけは残り、その後ハコ企業ならぬハコ政党として何度も甦ったり潰れたりしながらも、最期は結成メンバーの一人が孤塁を守っている状態だったものの2015年4月末に完全に立ち枯れてしまった

支持母体[編集]

関連母体[編集]

仮にあっても誰も気にしない

外部リンク[編集]

  • www.tachiagare.com (いきなり音声がでる)
    • 「たちあがれ日本」公式Webページ
  • tachiagare.jp(音声のない地味なページ)
    • 「たちあがれ日本」公式Webページを騙る悪質な偽物

注釈[編集]

  1. ^ 平沼氏の新党構想、70~80人規模目指す

関連項目[編集]

たちあがれ与謝野