たいと

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たいととは、雲を操るである。別名「おとど」。

漢字にすると84画にもなる、当然パソコンでは変換不可能なので大漢和辞典を参照のこと。

発見[編集]

たいと(左)は過去幾度か海を渡り日本を襲った。右は迎え撃つ日本武尊

たいとは、かつてUMAと認定され、伝説上の生物として存在を否定されていた。しかし、現代において、いまだにたいとを降らすとあがめ、存在を信じている、中華人民共和国の少数民族が住むがあることが分かった。そのため、それを否定するために、学者を送ったのだが、驚いたことに、たいとのものと思われる鱗が発掘された。それは生物学者だけでなく、考古学者もメンバーに加えていたために達成できた快挙であろう。

これによりたいとは存在したのではないかと結論を付けようとしたのだが、偏屈な学者どもはその存在を信じず、どうせの甲羅かなんかだろうと、その鱗を捨ててしまった。おまけに投げた鱗はとがった石に当たり、その鱗は劣化していたためか、こなごなに砕け散ってしまった。そのとき何年も雨が降っていなかった村に、別々の方角から、雲を連れた三匹の龍が集まり、あたり一面は雲に覆われて暗くなった。そして大雨を降らし、鱗を砕いてしまった学者にを落としたという。まじかで見ていた他の学者は、この事態に腰を抜かしたり、泣きわめいたりしたものの、最終的には存在を認知せざるを得なくなった。それが、たいとが世界に認知されるきっかけとなった。

伝承[編集]

キングギドラのモチーフは「たいと」である

雷を落とされた学者の遺体を日本に送り返し、一部のメンバーは、お葬式のためにともに帰ったが、学者というものは未知なるものは研究したくなるようで、村に残っていくメンバーも何人かいた。残ったメンバーたちは帰国した学者たちの分も研究しようと、文献をあさったり、村の長老からたいとに関する伝承を聞いたり、 こなごなになった鱗の調査を丁寧にしたりした。その結果次のことが分かった。

  • 龍は常に三体一緒に来るらしい。しかし、住んでいることは別々で、なにかあった時にこの村の上空に集合するらしい。その姿はまるで龍三体にそのまま雲が三つのっかったように見えるという。その際にもめったに雨の降らないこの村に雨を降らせるという。
  • 龍は気まぐれであるが、84年に一回は必ず村のはずれにある湖で休憩するという。その際雨を降らせて、干からびかけの湖を潤すという。それがたいとが神とあがめられる理由である。しかし、学者は、84年放置しても大丈夫なほど、雨を降らすことは、現代科学で可能なのだろうかと頭を抱えたという。
  • 学者が壊してしまった鱗は、先祖の逆鱗であり、たいとは先祖の逆鱗を埋葬する、人間のような行動をとることが分かった。つまり、学者たちは、墓荒らしをした上に、死体に鞭を打つことと同等のことをしてしまったのである。文字通り鱗に触れたことで、たいとの逆鱗に触れてしまったのだろう。学者たちは、下手すれば村ごと自分たちも葬り去られていた恐怖に、ただただ唖然としたという。

長老[編集]

漢字ではこのように書く。

ちなみにこの村の長老はたいとという名前を苗字に使っている。それはこの龍にあやかろうと長老になるたびに受け継がれるという。そのことはたいとにとって侮蔑行為の気もするが、たいとというのはこの村の人間が勝手につけた名前であり、龍にとって名前はどうでもいいから、別にこれでいいのだろう。下手したら、たいとは長老の名字から取って名付けられたのかもしれない。そんなことをすると、世界でただ一人だけたいと姓を名乗る長老と龍のたいとに、何か深いつながりがあるような気がしてくるが、学者が調べた限り、何も関連性は見いだせなかったという。

関連項目[編集]