ぜいたくは敵だ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Tennnouninnka.jpg
畏クモ天皇陛下ハ御自ラ全臣民ノ爲ニ
本項ノ全内容ヲ天覽遊ハサレタリ
Naval Ensign of Japan.svg 大本營認可
本項ノ全文章及全内容ハ完全ニ正シキ事實トシテ大本營ニ依リ認可セラレタリ
全臣民ノ爲ニ畏クモ現人神タル天皇陛下ハ御自ラ本項ニ御目ヲ通サレ給ヘリ
此ノ項目ノ内容ヲ疑フハ現人神タル天皇陛下ヲ疑フト同義ニシテ
誤リタル思想ヲ持ツトセラルヽ場合ハ政治犯思想犯トシテ内亂罪ノ對象トス
ぜいたくは敵だ!

ぜいたくは敵だとは、贅沢をしている奴らは日本国民の敵であり、滅ぼすべき存在であるという意味の標語。

概要[編集]

先の戦争が行われていた時代に盛んに喧伝されていた標語の一つである。このような標語は日中戦争の頃に登場し、第一次近衛内閣が始めた国民精神総動員と呼ばれる運動を通して国民に定着していった。当時、この手の標語が日本政府によって大量に作られ、国民の戦意高揚のために活用されていた。

意味[編集]

日中戦争が泥沼化し、経済統制が始まった1930年代末期の日本。この頃には、華やかな昭和モダンの時代が終わりを告げ、戦争による庶民生活の困窮が間近に迫りつつあった。一方、同時期のアメリカでは、ナチスドイツの脅威にさらされる欧州から離れていたことや、ニューディールと呼ばれる経済政策が一定の成功を収めたことも有り、世界恐慌を引き起こした張本人にも関わらず国民生活は比較的安定を保っていた。これを見た日本人は俺達が苦しい思いをしているのにあんなに贅沢をしているアメリカ人は敵だ!許せん!![1]と怒り狂い、アメリカは日本国民にとって滅ぼすべき敵と認識され、ついに戦争を仕掛けてしまったと言われている。これがこの標語の由来である。

しかし戦争が始まってもこの状況は変わらず、戦時下のアメリカでは、配給制が実施されるなどいくぶんか戦争の影響を受けたにせよ、戦争の経過とともにあらゆる生活必需品が不足していった日本からすれば明らかに余裕があった。これは本土に戦火が及ぶことが殆ど無く、日本が喉から手が出るほど欲しかった石油も自前で生産でき、食料も同盟国である中南米諸国から輸入により賄うことができたからである。また野球やディズニー映画を始めとする娯楽文化も健在であった。ドイツは無論、同盟国のイギリスですら空襲の被害を受けており、当時地球上で最も国力が有り、贅沢ができた国はアメリカであることは、日本人から見ても疑いようのない事実であった。そんな状況下で日本政府がアメリカに対する国民の敵愾心を煽るため、今まで以上にこの標語を宣伝してしまったため、日本人のアメリカへの憎しみは日に日に増大していくこととなった。[2]やがて極限状態に達した日本人のアメリカへの嫉妬心が暴発し、神風特攻隊のような無茶な戦術が生まれてしまったのだと言われている。最終的には、このまま憎悪感情が増大すると国ごと爆発して吹き飛ぶ恐れがある、というアメリカの判断によって、日本人の脳みそをリセットすべく2発の原子爆弾が投下された。その後日本がアメリカ合衆国51番目の州となったことで、この嫉妬心は跡形もなく解消された。

なお、この標語に反対する者は非国民と呼ばれて罵られたが、これは贅沢をする奴は日本国民ではなくアメリカ人だ、という意味である。実際に戦時中、陸軍の辻政信[3]が海軍の山本五十六戦艦大和へ招かれた際、提供された豪勢な料理を見て、海軍はあまりに親米的であると激怒したというエピソードが伝わっている。

見直し[編集]

終戦とともに忘れられていた標語であったが、現代のアメリカではジャンクフードやスナック菓子の食べ過ぎによる肥満、糖尿病などの生活習慣病が多発しており、和食ブームと共にこの標語の価値も見直されつつある。一方で、貧しい人ほど不健康な食事をするという指摘や、現代においてジャンクフードやスナック菓子は贅沢なのか、という意見もあり、賛否は分かれている状態である。

異説[編集]

上のような解釈が一般的であるが、異説も存在する。それによれば、この標語はアメリカではなく、日本の上流階級、すなわち天皇・皇族・華族・資本家・地主等に向けられた言葉であったという。当時の軍部の中には、革新官僚らを通じて密かに共産主義ソ連に接近する者がおり、来るべき共産革命に備えて国民を啓蒙するために造られた言葉であったという説である。実際、近衛文麿は提示されたこの標語を聞いて、戦争を利用した共産革命の足音を察知し大きな危機感を抱いたとされている。「ぜいたくは敵だ」と唱えていた軍人や御用知識人が戦後どれほど共産主義を支持する確信犯的な進歩的文化人になったのかは不明だ。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 基本的に平等に貧しくならないと気がすまない、出る杭は打たなければならないのが日本人である。
  2. ^ もっとも、戦時下のアメリカ人が当時の日本人が思っていたほど豊かな暮らしをしていたのかは不明である。しかし、隣の芝は青いと感じるのが日本人である。
  3. ^ 辻は敗戦後、社会主義国の指導者と友好関係を結び、インテリ的な日本左翼の顔色を軍国的に白くしていた


Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第22回執筆コンテストに出品されました。