しんがぎん

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しん       がぎん(本名:熊沢 栄二1972年7月10日 - 2002年5月26日)は、山形県鶴岡市出身の漫画家であり、指定漫画暴力団和月組元幹部。愛称はがぎん兄さん。主に「週刊少年ジャンプ」やエロ同人で活躍していた。

なお誤読を防ぐ為、通常「しん」と「がぎん」は限りなく離して記載される。

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経歴とその生涯[編集]

がぎん兄さんは1972年7月10日、山形県のさくらんぼ農家に生まれる。幼少の頃から絵が上手く特にエロい女の子を描かせれば天下一品の腕前の持ち主であった。プロデビュー前には「ファンロード」等の雑誌で道場荒らしの経験も持つ。

1994年、ホップ☆ステップ賞受賞作品の『鬼が来たりて -鬼部の章-』でデビュー。程なく『和月組』の門をくぐる事となる。組長世話係として様々な経験を積みつつ、「少年ジャンプ別冊シーズンスペシャル(後の赤マルジャンプ)」に次々と作品を発表してゆく。

1995年、和月組の幹部に昇格した頃、第2回「ジャンプ新人海賊杯」にて『鬼が来たりて -人鬼の章-』を発表し優勝を果たす。しかし翌年連載が開始された『鬼が来たりて』は、その美麗な絵柄の割にアンケートが奮わず、思い切り良く突き抜けてしまった。余談だが「突き抜け」の言葉を生み出したキユも和月組の構成員で、がぎん兄さんの世話係も務めていた経験があったのは何かの因縁なのだろうか。

もとい。『鬼が来たりて』の突き抜けを、がぎん兄さんのストーリー構成能力の欠如と勘違いした(※注:決してそんなことはない)ジャンプ編集部は、どっかから連れて来たラノベ作家・夢幻(むげん)を無理矢理ブレインに付け、彼に円陣(えんじん)という変名を使わせたうえで1998年、『探偵学園Q少年探偵Q』の連載を開始。しかしこれが、原作付とは思えない程の「後世に名を残す糞漫画」だった為、『鬼が来たりて』の悲劇なんか目じゃない程の光速で突き抜けた。

その後がぎん兄さんは円陣を破門にし、赤マルジャンプで読切を次々と発表したり、ラノベの挿絵を手がけるなどしていたが、2002年5月26日、死亡。享年29歳。兄さんのファンや和月組組長・構成員達を大いなる哀しみに包ませた。

現在は生まれ故郷の山形にある墓で、がぎん兄さんは静かに眠っている。また、和月組には毎年兄さんの実家から、大量のさくらんぼが送られて来るという。

和月組の周囲では「『鬼が来たりて』ではなくあの連載(『少年探偵Q』)こそが、がぎん兄さんを追いつめた元凶だったのではないか」と言われている。

作品リスト[編集]

  • 鬼が来たりて
    • 鬼部の章
    • 百鬼の章
    • 人鬼の章
    • 連載版(1996年5,6合併号-18号)
  • 疾風伝ハヤテ
  • 少年探偵Q(原作:円陣、1998年11号-26号)
  • リィンCARNATION
  • SOLAR POWER

余談[編集]

2008年に連載が始まった『バクマン。』(原作:ガm...大場つぐみ、作画:小畑健)には、川口たろうという過労で無念の死を遂げた漫画家が登場する。川口が「絵の下手なヒーローギャグ漫画家」であることから一見がぎん兄さんとは真逆であるように見えるが、絵の下手なヒーローギャグ漫画家はまだ存命しているので、川口は同時期に活動していたこの2人をモデルにしたキャラクターではないか、と一部の読者の間では囁かれている。

また本作に登場する『新妻エイジ』の名も彼の本名にちなんで付けられたのではないかという話もある。

関連項目[編集]


キャプテン翼の例のアレ.jpg しんがぎん は、漫画関連の書きかけ項目です 」

「 書きかけとかつまらないとかはどうでもいい、しんがぎん加筆するんだ! 」 (Portal:スタブ)