おねしょ

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おねしょとは、絵画の一種にして、人類が生み出した最高級の芸術品。

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概要[編集]

キャンパスでも、お絵描きソフトでもなく、布団を使って描くというのが最大の特徴。布団の質が高ければ高いほど、布団が広ければ広いほど、良質なおねしょが描ける。 他の絵画作品と違って、母親の胎内にも似た穏やかな温もりを嗅覚を通して感じることが出来るため、視覚障碍者にもその芸術性が理解できる素晴らしい美術品として世界で礼賛されている。

おね(寝)しょという名前の通り、寝ながら描ける。睡眠と描画が同時に出来る、一石二鳥の芸術である。むしろ寝ながらでしか出来ない。

おねしょの描き方[編集]

おねしょを描くには専用の筆と硯が必要である。おねしょ専用の筆を膀胱といい、おねしょ専用の硯を腎臓という。絵の具にしろただの墨汁にしろ、この硯と筆を使うことで、たちまち魔法の絵の具「尿」に変化する。おねしょを描くことを極めることを「尿道」と呼ぶ。

おねしょの歴史[編集]

古くはミレーやベラスケスが様々なおねしょを描いてきた。また、彼らは付き合っていた女性を監禁して、彼女達におねしょを描かせたこともあった。パブロ・ピカソもおねしょを描くことを好み、自分がおねしょをすることも、人におねしょをさせることも好んだ。彼はおねしょそのものよりも、おねしょを描く際の美術家達の羞恥と我慢が詰まった表情を見るのがこの上ない恍惚であると日記に残している。このピカソの言葉には多くの人が賛同した。

日本では雪舟が初めておねしょによる美術品を描いたことで知られる。その後狩野派や土佐派が隆盛すると、おねしょは邪道な美術として忌避されていった。しかし文化文政時代になって、変態将軍徳川家斉が、お手つきした女中を監禁しておしっこ我慢させ、大量のおねしょを描かせたことを皮切りに、再びおねしょブームは再臨した。幕末の志士達もおねしょを美術品として愛し、坂本龍馬などは大量のおねしょの絵画を残したが、その多くは散逸してしまった。

今日では、主に幼稚園に通う幼児らの間で、おねしょを描くことが流行している。時を超え、歴史を超え、愛好されて語り継がれ、書き続けられてゆく至高の美術品、それがおねしょである。

代表的なおねしょ[編集]

ポピュラーなおねしょとして世界地図がある。世界地図を描くのは比較的簡単で、3歳児や4歳児でも僅かな練習をすれば描くことが可能である。尿道を極めたおねしょ描き達は、おねしょによって仏像マリア像ヨシフ・スターリンアドルフ・ヒトラー毛沢東の似顔絵を描くことが出来る。

お姉しょ[編集]

、および姉属性の持ち主である女性の描くおねしょは「お姉しょ」と呼ばれ、芸術品としての価値が飛躍的に上昇する。シスコン達を中心に高い需要を獲得し、諭吉が束で飛ぶほどの値段で落札されることが多い。