「外来語」言い換え提案

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「外来語」言い換え提案とは、「分かりにくい『外来語』について言葉遣いを工夫し提案することを目的」に設立された国立国語研究所内の「外来語」委員会が提案した言い換え語のリストのことである。2007年現在、第四回までの提案書が公開され、それらはここで見ることができる。

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提案実例[編集]

  • アクセス→ 1. 接続 2. 交通手段 3. 参入
  • オペレーション→ 1. 公開市場操作 2. 作戦行動
  • コンセプト→ 基本概念
  • マルチメディア→ 複合媒体
  • リニューアル→ 刷新
  • インターネット→国際情報網
  • コンピュータ→電子計算機
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解説[編集]

国立国語研究所「外来語」委員会設立趣意書によると、

近年,片仮名ローマ字で書かれた目新しい外来語・外国語が,公的な役割を担う官庁の白書や広報紙,また,日々の生活と切り離すことのできない新聞・雑誌・テレビなどで数多く使われていると指摘されています。例えば,高齢者の介護や福祉に関する広報紙の記事は,読み手であるお年寄りに配慮した表現を用いることが,本来何よりも大切にされなければならないはずです。多くの人を対象とする新聞・放送等においても,一般になじみの薄い専門用語を不用意に使わないよう十分に注意する必要があります。ところが,外来語・外国語の使用状況を見ると,読み手の分かりやすさに対する配慮よりも,書き手の使いやすさを優先しているように見受けられることがしばしばあります。

ということである。しかしここには大きな問題がある。

誰に対する配慮なのか[編集]

「お年寄りに配慮した表現」とあるが、これは実は例示ではなく、条件なのである。つまり要求されている配慮とは「片仮名やローマ字で書かれた外来語・外国語になじみが薄い人」に対するもののみであり、「片仮名やローマ字で書かれた外来語・外国語になじみが深い人」は、ここで提案される言い換えに従ってしまうと、逆に文章が理解できなくなってしまうことが少なくないのである。いくら日本が高齢化社会とはいえ、これでは将来を担わされる者たちにとってあまりに冷淡ではあるまいか。

一例をあげれば、「アーカイブ」のかわりに「保存記録」または「記録保存館」を言い換え語として提案されているが、「保存記録」や「記録保存館」の方が「アーカイブ」よりわかりやすいと感じるのは、かなり限定的な層、すなわち、いまどきパソコンもさわったことがないような古参政治家の先生方や、高齢者でも現役でがんばってる人ではなくてほぼ隠居状態の人に限られるのである。隠居状態の人は、アーカイブに用があることは滅多にないし、あったとしてもどのみち誰かの手を借りることになる。古参政治家の先生方は、秘書に命じれば済むことである。

結局のところ、この言い換えが意味を持つのは、古参政治家の先生方が、人前でこの単語を言われたときに意味がわからなくて恥をかくことを未然に防止する、その程度のことでしかないのである。

書き換えのもたらす問題点[編集]

ここではたまたまアーカイブを例にあげたが、他の単語も似たようなものである。
「フレックスタイム」を「自由勤務時間制」と言い換えたところで、実際にフレックスタイムを採用している労働者にとっては、実際の意味の半分くらいしか伝えられないためにあまり意味がないし、「ボーダーレス」を「無境界」「脱境界」と言い換えても、「無境界」などという単語には全く馴染みがなく、音で聞いたら確実に「無教会」と聞き間違えるだろう。

なぜこのようなことがおきるのか。それはつまり、片仮名語すなわち新しい外来語を、熟語で置き換えただけだからである。表意文字である漢字は組み合わせることによって強い造語力があり、明治時代に欧米から輸入された概念に対して熟語を造語した(「経済」「哲学」「自由」など)先人には敬意を惜しまないが、いままたそれを再現して輸入された概念に熟語の造語で対応しようとしても、熟語や漢字をあまり知らない層にとっては、かえってわかりにくくなるだけなのである。これらの層に対する配慮は、この提案には微塵もないのである。

中間総括[編集]

前述の通り、この言い換えが行われることによって得られる利益は、新しいことに対する知識欲の衰えた古参政治家が恥をかかずにすむ、という程度のことである。それにあえて付け加えるならば、外来語を使って作られた印刷物の刷り直し需用が期待できる印刷業界・製本業界くらいのものであろう。むしろ、ITの普及にともない低迷している印刷業界や製本業界のために、わざわざこのようなことが提起されたといっても過言ではない(そういえば書き換えの対象となる外来語にはIT関係の言葉が少なくない)。

解決案[編集]

熟語の造語によって外来語の書き換えが行われることが、一部の層に対してのみの配慮であることは既述のとおりだが、ではその他にどのような方法が考えられるだろうか。まず誰でも考え付くのが「やまとことば」による書き換えである。これに近いことを行っている国は実際に存在する(例:アイスランド)が、今の日本でいったいどれほどの人間がやまとことばを理解するか、を考えると、これが現実的ではないことに気が付くだろう。

では、漢字や熟語になじみのない層にわかりやすい書き換えとはどのようなものであろうか。それはすなわち「2ちゃんねる語」を用いた書き換えである。

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結論[編集]

結局のところ、書き換えを行わないことこそが、全ての人に等しく配慮したというに値するのである。

関連項目[編集]