○○の秋

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○○の秋(ほにゃらら-あき)とは、大義名分の一つである。

概要[編集]

秋は喜びの季節。

一般的にという季節はよりも涼しく、よりも暖かく、何かと過ごしやすい気候[不要出典]である。それではと比べてどうなんだという意見がないこともないが、それを確かめるためには半年ほど待たねばならず、またその時には秋が遠ざかってしまっているため、結局のところ今この時こそが最高のタイミング、すなわち「思い立ったが吉日」の法則によって「何をするにも最適な季節[不要出典]」と決めつけたのである。

色々な秋[編集]

そうした事情から、秋という季節は色々な欲望を冠して都合よく呼ばれるようになったのであった。

食欲の秋
確かに秋は収穫の季節であり、新米などの穀物[1]をはじめとする旬の野菜果物がたわわに実り、などの海産物もたっぷりと栄養をたくわえているため、何を食べてもたいてい美味しい[不要出典]上に、豊作および豊漁であれば価格も安いため、食欲を満たすにはもってこいの季節である。しかし、そういう事を言ってパクパクと牛飲馬食する手合いに限って冬は冬でしこたま食べるし、春は春でわんさか食べるし、夏は夏なりにガッツリ食べるもの[不要出典]である。
スポーツの秋
確かに秋は先述の通り快適な気候であるから、身体を動かすには何かと都合がいいのは言うまでもないが、人間というものは恵まれた環境下におかれると「いつでも出来る」と安心してかえってやらなくなる傾向がある[不要出典]ため、結局のところスポーツウェアに身を包んで「いやぁ、スポーツの秋ですねぇハッハッハ……」と、明眸皓歯[2]を輝かせている手合いは、やっぱり冬なら冬でスキースノーボードなどに手を染め、春になったら冬眠明けのよろしく元気にはしゃぎ回るし、夏には海にでかけてサーフィンなどに興じ、小麦色の肌を見せつけていたりするもの[不要出典]である。
読書の秋
が好きな人は黙っていても読書ばかりしているし、それは秋だろうが冬だろうが春だろうが夏だろうが、活字の摂取に余念がなく、こういう人にとっては季節など関係ないのである。それでもあえて秋の利点を挙げるのであれば、空気が乾燥しているため、などの湿気でページがくっついたりせず、ほどよい涼しさのために意識がスッキリ[3]し、指先も悴(かじか)まないのがまことによろしいのである。
芸術の秋
でも彫刻でも塑像でも音楽でもでもダンス[4]でもポエムでもいいのであるが、やはりこういう手合いは季節などまったく関係なしに趣味に勤しんでいるもの[不要出典]であり、冬が訪れようと春を迎えようと夏が来ようと……以下同文なのであった。

こうした人々が、自分の趣味における正当性を主張し、あわよくば信者を増やすべく企みつつ口にするのが、この「○○の秋」なのであった。

「人生いろいろ。秋もいろいろ。」
○○の秋 について、小泉純一郎

結論[編集]

ともあれ、楽しそうで何よりである。爆発すればいいのに

脚注[編集]

キラ☆キラ。
  1. ^ その穀物から醸される酒の存在も忘れてはならない。
  2. ^ めいぼうこうし、キラキラ眼と真っ白な歯。共産国家のポスターなどによく見られる。
  3. ^ それでも睡魔は襲ってくるのである。
  4. ^ スポーツと被る要素もあるが、気にしない。

関連項目[編集]